見出し画像

『船中問答』 # シロクマ文芸部

「新しい水夫が動かせるのは、古い船だけなのさ」
「お前、まだ酔ってる?」
「いや、酔っちゃいないさ」
「まあいいさ、昨日は結構飲んだからね。酔い覚ましにコーヒーでも飲もうよ。僕が淹れるから。コーヒーあるよね?」
「ない。でも、古い船はあるんだ」
「それは、あれだろ。吉田拓郎が歌った『イメージの詩』」
「ああ、でも、あの歌は、この古い船をこれから動かすのは君たち若者だ、さあ頑張れ、なんて、そんな意味じゃないんだよ」
「だって、そんな歌詞じゃなかったっけ。古い価値観を否定していく若者を、水夫に例えたんだろ」
「いや、そうじゃない。あの歌詞の本当の意味は、君たち新しい水夫に残されているのは、この古い船だけなんだよー、残念だけどねー、そういうことなのさ」
「そんなことより、俺、コーヒー買ってくるよ」
「しかも、絶望した新しい水夫は船を降りてしまって、今や新しい水夫なんてどこにもいない」
「そうかなあ」
「そうすると、古い船に古い水夫、でも、海は新しくなる」
「やばいね」
「そうさ。もう、漂流するしかない。漂流して、新しい海の渦に巻き込まれて、木っ端微塵さ。いや、新しい海の怖さを知っている古い水夫だから、港を出ようともしないかもしれないな」
「じゃあ、新しい水夫を探さないとね」
「新しい水夫なんていないさ」
「そんなことないだろう」
「いたとしてもね、みんな、船を降りた後のことしか考えていないよ。この船でどこかを目指そうなんて、そんな水夫はもういないのさ」
「わかった。船を新しくすればいいんだよ」
「新しい材料がない」
「わかった。とりあえず、新しいコーヒーを買ってくるよ」
「ああ、角を曲がったところに、新しいコンビニができてるから、そこで買って来て」
「でも、よく考えれば、君の家だから君が行けば?」
「いや、新しいコンビニに新しいコーヒー、そして新しい客さ」


この記事が参加している募集

#私の作品紹介

96,516件

#眠れない夜に

69,460件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?