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つくりばなし

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死に関する考察の連作
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#小説

カルーセルエルドラドの憂鬱

カルーセルエルドラドの憂鬱

いっぱい人が死んで、なんだか地球が前よりも軽やかに回っている気がした。朝がやけに早く終わって、ふざけてやる幅跳びの測定みたいに太陽が沈んで、同時にとっぷんと夜がやってきて、また空は白んだ。俺が幼い頃に一度行ってからすぐに潰れた遊園地の、古い木製メリーゴーランドを思い出す。このままセカイ終わるんじゃね?って感じで、ああ、でもそれなのに俺は生きていて、意味わかんねー、って、仕事に行く。

ふぁ。

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めいてい、それから。

めいてい、それから。

生温い風が汗ばんだ手の中に入り込んで、ぬるりと抜けた。右脇だけ異常に汗を掻くのがコンプレックスで、夏は汗染みの出来ない涼しい透け感のあるシャツばかり着てしまう。今年の夏も。

冬と、春に、人がたくさん死んだ。死ななかった人もいっぱいいたから、今年の夏も去年の夏と変わらないような佇まいをしている。通気性に優れたマスク。それでもじんわりマスクの下で汗を掻いて、行き交う人の波。海水浴場で、人が死んだらし

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チョコとバニラの、

チョコとバニラの、

風化させないために、と。みんなが真面目な顔をして言った。独り歩きした正義感で埋め尽くされたタイムラインを上に素早く流す。つまらない、つまらない、つまらない。

わたしは早く、忘れたいのに。

「ハルちゃんおっつおっつ~」

ウリウが煙草のにおいを撒き散らしながら私の対面に座った。根本の黒くなった痛々しいブリーチ毛、透明骨格標本のような腕。

「ビール頼んどいたよ」

「さすがすぎ」

渋谷の地下で

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Emerald

Emerald

月が恐ろしく綺麗な夜だった。漆黒の紙の裏側から、煙草の火を押し付けたような月。煙みたいに薄い雲が、空の表面をゆっくりと撫でている。

人の疎らな街。僕のいる場所はいつだって片隅で、僕の世界にはいつも僕がいない。僕の目は光にとても弱くて、薄い色のついた眼鏡を掛けている。この世界はエメラルドの都で、僕はレンズ越しに生きている。ドロシーのいない、進まない世界。

僕は、考える。兄のこと。似合わない髭。ボ

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愛の群青

愛の群青

全てのビルが、青く、透き通っていた。水族館のあの青だ。空から降り注ぐ光はビルの壁に当たって跳ね返り、より鋭く、刃のように私を目掛けてまっすぐに伸びた。

静寂は、死だ。たった一人、私だけが体温を持つ。死に気付かれないよう、ひっそりと暗い息を吐く。誰にもぶつかることのない肩を震わせる。履き慣れたニューバランス998を手に持ち、つま先をピンと伸ばして、冷たい交差点へ降り立った。

電車はまだ動いていな

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あの子の、めいてい

あの子の、めいてい

 早朝の新宿、歌舞伎町。ゴミの回収と、眼下にある昼キャバの看板を眺めながら雑炊を食べる。目の前にいる素性の知らない四十代男性二人の仕事の話を聞いちゃいけないものとして聞き流す。まだ酔いが脳味噌の周りをもやもやと回っていて、ビールよりマシだと思って頼んだ馬鹿みたいに濃いウーロンハイが更に私を酩酊へ導く。僅かな記憶の欠片は液状化して、金持ちの家のふかふかの絨毯に零れた赤ワインのように、染みて、 或いは

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