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(32)厳しい現実ーーchinko to america by mano

 ダニエラの家を訪れた日の午後も、オレたちはドライブに出掛けた。
 彼女が住む郊外の町を離れ、丘陵を1つ越えた公園に向かう。にぎやかなメデジン市街で過ごすよりも、人影が少ない静かなところで2人だけになりたかった。
 
 駐車場に車を止め、ゲートをくぐって広大な公園の中に入っていく。メデジン周辺は花の栽培でよく知られる。そのためか、公園の中には名前のわからないきれいな花が咲き乱れている。ダニエラとオレは、残された時間が少なくなってきているのを感じながら、庭園のような散策路をひたすらゆっくりと歩き続けた。
 
 明日の午後、オレはアメリカに帰る。そのあとのことは何もわからない。このまま、束の間の火遊びで終わってしまうのか、それとも何かしらの未来が待ち受けているのか。オレはまだ大学生であり、卒業後、どこで働くのかさえも決まっていなかった。オレだけの問題なら何とでもなる。だが、コロンビアで家庭を築いているダニエラにとって、オレとの関係を続けるのはどう考えても簡単ではない。

「オレたち、どうすればいいと思う?」
 ダニエラの気持ちを聞いてみたかった。
「わからない。もう終わりにしなくてはならないのかもしれない……」
「そうか。そうだよね。でも、ここまで深く愛してしまったら、忘れるのは難しい」
 いくら言葉を交わしても、答えは見つからない。ダニエラには話していないが、これまで何度もダニエラとリカルドの離婚について考えていた。
 結婚8年目を迎え、以前のような愛情を感じなくなり、関係がぎくしゃくしているとはいえ、ダニエラの話を聞く限り、リカルドに離婚の原因となるような落ち度はない。仮に離婚となれば、それはダニエラの不貞行為によるものであり、彼女が背負わなくてはならない代償は大きなものになるだろう。ただ、こうしたことを1人で考えていても、どうにもならない。そこでオレは思い切って、ダニエラに直接尋ねてみた。

「ダニエラ、例えば、リカルドと別れて、アメリカでオレと暮らすこと、考えたことある?」
「もちろん、あるわ。でも、簡単じゃない。ビザはどうするの? 仕事は? 生活費は? あなたはまだ大学生だし……。やっぱり現実的じゃない」
 彼女の言うとおりだ。
「私がアメリカに行って結婚を前提に関係を続けるとしても、この先、うまくいくかもわからないわ。マノはまだ若い。家庭を築いて生活をする大変さがわかっているとは思えない。そういう部分で、私はすごく不安を感じるの」
 ダニエラはオレたちの状況を冷静にとらえ、真剣に考えていた。それに比べて、オレの考えは情けないほど甘く、「2年後の卒業まで我慢すれば、どうにかなる」という程度の気持ちしか持ち合わせていなかった。ダニエラは、その程度の覚悟しかないオレの心根を見透かしていたのだと思う。

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