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アメリカの自家中毒する民主主義

20240301 newleader

「もしトラ」から「多分トラ」へ

3月5日はアメリカ大統領選挙予備選のスーパーチューズデー。本稿は2月上旬に書いていますので全くの予想ではありますが、おそらく共和党ではドナルド・トランプが圧勝し、アメリカ国内の支持者以外の全世界の人々が少なからぬ失望を感じていることと思います。共和党の候補指名獲得は確実、バイデンに対しても現時点の調査では優勢だそうです。

なんと言っても、第一期政権では、素人政治家丸出しの立ち居振る舞い。選挙公約ともいえる反グローバリズム、反自由貿易、反「アメリカは世界の警察官」の政策を露骨、露悪的に実行し、選挙で彼を支持した信奉者たちを満足させる一方、反移民感情を煽り、黒人差別問題を激化させ、あまつさえ再選を目指した選挙で敗れると、何らかの不正があったかのようにSNSで拗ねて見せ、支持者たちが連邦議会に突撃をかけます。国内外の分断を加速させるだけでした。

国際関係では、トランプ政権と関係が良いとされた日本ですら、あれほど苦労して作り上げたTPPを土壇場で袖にされ、核ミサイル開発で日本の脅威となっている北朝鮮とバイで手を結ばれそうになります。これはギリギリでご破算になりますが、実現していれば、自動的に日米安全保障条約が無効になる事態でした。

それでもまだ日本はいい方です。ヨーロッパとは、貿易でも安全保障でも、もはや会話ができないくらいに関係悪化。同盟国や国際秩序は容赦なく見捨てるという態度です。

そのトランプが舞い戻ってくるというわけです。

敗戦後、占領を受けたこともありますが、戦後日本にとってアメリカの民主主義とその政治制度は、権威主義体制よりはるかにましな、「学ぶべき体制」とされてきました。ところが、この体たらく、なにゆえでしょうか。

アメリカ・1830年代のレポート

「……今日、合衆国では、最上の人物が公職に呼び出されることは滅多にない。これは確かな事実であり、しかもデモクラシーがかつてのあらゆる限界を超えるにつれて一層そうなってきたと認めねばならない。アメリカの政治家の質が、この半世紀、著しく低下したことは明らかである。
 ……たった一人の男の性格でさえ、精密に捉えるにはどんなに長い検討、どれほど多様な観念が必要であろうか。最大の天才たちが迷う作業に大衆が成功するというのか。民衆にはこのような仕事に捧げる時間も手段もない。民衆はいつも瞬時に判断しなければならず、もっとも人目を引く対象に惹かれざるをえない。
 このため、あらゆる種類の山師は民衆の気に入る秘訣を申し分なく心得ているものだが、民衆の真の友はたいていの場合それに失敗する。そのうえ、民主政治に欠けているのは優れた人物を選ぶ能力だけではない。ときにはその意志も好みもないことがある」。

少々長い引用になりましたが、フランスの政治思想家、アレクシ・ド・トクヴィルが1831~32年にアメリカを視察しまとめ上げた、近代初期の民主主義政体分析の古典的名著とされる「アメリカのデモクラシー」の一節です。この段階で大衆化された民主主義政体の抱える構造的欠陥の一つを丁寧に暴き出しています。

ですが、このことだけがトランプ現象の本質ではないのです。実は民主主義の闇はもっと深いのです。

平等は暴政を生み出す

トランプの個性、行動原理は大国の指導者として不適切だと思うのは私だけではないでしょう。しかし、多くのアメリカの有権者はそれでもトランプを未だに求めてもいます。なぜでしょうか。

彼らにとってトランプの破壊力をもってしないと打破できないと思うほどの閉塞状況にあったと言うこと、そして、その状況を壊すと言うことでトランプ以外の人物を見いだせなかったことがあります。それほどアメリカのかなりの数の人々にとってこれまで、ひどい政治が続いていたと言うことになります。

90年代に入り、「経済」を標榜するクリントン政権が登場すると、中国をWTOに加盟させ、製造業の空洞化を招きました。おかげで21世紀に入ると中西部を中心に旧重厚長大産業地帯は「ラストベルト」(銹錆地帯)と呼ばれるほど零落。またITバブルを引き起こし崩壊します。外交ではイスラム圏対策をいい加減にやったおかげでテロ化が一気に進行。

ブッシュ政権では9.11の反動で対テロ戦争に。ネオコンが主導思想となり、中東に大量の派兵、しかし、治安確保に失敗しベトナム戦並みの泥沼化を招きます。そして国内ではまたもやバブル経済に逃げ道を求めリーマンショックで大やけどを負います。

混乱の収拾を期待されたオバマ政権でしたが大した成果も上げられず、しかも頼みの綱だった中国の凶暴性が明らかになり、これまでの民主党のスタンスを否定し中国封じ込めに転じなければならなくなりました。

また、歴代の民主党政権は人口増による経済成長に期待し移民に寛容でしたが、そのことが仕事を失った白人層の反発を招きます。

2016年の大統領選挙の前には白人男性の自殺者数の増加が止まりませんでした。そこでトランプの登場となりますが、内向きの政策ばかり打って、国際関係をめちゃくちゃに。

次のバイデン政権は世界の警察官からの撤退に失敗し、ウクライナ、中東で戦火を抱えます。また自党の票田対策で移民問題で大甘、LGBTQなどで寛容政策をとり、既存の国民の猛反発を受けます。

どうでしょう。トランプ以上に、これまでの政権は極端な政策をとり、国の中の一部の人々には利益や快感を与えたものの、その他の大多数の国民にとっては、とんでもない暴政と受け取られていたのではないでしょうか。

「合衆国で組織されたような民主主義の政府について私がもっとも批判する点は、ヨーロッパで多くの人が主張するように、その力が弱いことではなく、逆に抗しがたいほど強いことである。そしてアメリカで私がもっとも嫌うのは、極端な自由の支配ではなく、暴政に抗する保障がほとんどない点である」。

トクヴィルの前掲書の中で有名な「平等こそが暴政を生む」というテーゼです。平等社会で民主的に認められた権力は誰にも掣肘できず、そのため極端になりやすい、というわけです。

その暴政を打ち払うには暴政をもってしなければならず、それがトランプ現象の背景です。

アメリカはとても立派な民主主義国です。これからはトランプがいようがいまいが、国民のストレスを低減する方向でのアメリカの撤退戦に向け、政治の振れ幅が大きくなっていくでしょう。国際社会は、アメリカがあまりに民主主義であるゆえにフェードアウトすることを覚悟しなければなりません。

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