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あなたの願い事お引き受けします。ワタクシ、悪魔が…④

「ねぇ、ちょっと、聞いてるの?」

「え?あれ?なんだっけ?」

「もう、しっかりしてよ!ショックだって言うのはわかるけど。仕事中はシャキッとしてよ。」

「面目ない。で、何?」

「社内報の企画で使うから、アンケートに協力してね。」

「???」

「理想の相手。こんな人がいいっていう条件を箇条書きして提出して。あんた、婚約破棄されて落ち込んでたから声かけるのずっと迷ったけど、吹っ切るいい機会だと思うから。ちなみに締め切り、今日だから、ほら、さっさと、とっとと書いちゃって!ナウ!」

今日?なんて急な事を。仕事に燃えようと心に決めたばかりなのに。まぁ、千鶴も仕事だから仕方ないよね。
理想の相手か。くそ、もうこの際いっぱい書いてやる。高望みだろうと、身の程知らずと言われようとも、理想は理想、絵に描いた餅。書いたもん勝ちだ。

理想の相手
相手に求める条件は?

○経済力がある
○実家から自立(不仲ではない)
○料理出来る
○スポーツマン
○清潔感がある
○ON/OFFの切り替えがしっかりできる
○一途(女からの誘いに乗らない)
○175センチ以上/そこそこ細マッチョ
○愛情表現がストレート
○意外と大雑把だけどキチンとしてる
○やりたいことを一緒に楽しめる
○会社経営
○健康/健全
○寛容/包容力
○冷静
○生存力がある
○依存しない
○頭の回転が早い
○危機管理能力に長けている
○チャラくない

なんだ?このステータスは?
神か?尊い、尊すぎる。
なんか我ながら、欲張ったものだ。
これを全て網羅した男が、この世にいるとは思えない。
推しだと思えば、この尊さもありだ。二次元キャラに現実を求めるような事はしないのだから。
しかし、欲張り過ぎかしら?
チマチマと無課金で隙間時間にログインしている、王子様いっぱい侍らせるスマホゲームの中の王子たちも、それぞれ長所もあれば欠点もある。全てにおいて、パーフェクトな王子はいないので、その中から1人を選ぶのだから悩むのだ。
それなのに、私の書いた理想ときたら、
でもまぁいい。だって理想だし、もう恋なんてしないんだから。


「千鶴、出来たよ~!」

「出来たか?ずいぶんと書いたものだ。まぁいい。」

「あれ?千鶴じゃない…?誰?」

振り向いて誰か確かめようとしたけれど、逆光なのか、その人物の姿はシルエットで、誰なのかわからない?
ただ、千鶴じゃないことは確かだ。

「おまえの望みはなんだ?一番叶えたい願い事はなんだ?」

「私の願い事?」

また、唐突な。そんなこと急に言われても、パッと答えられる訳がない。
考えると叶えたいことが、頭の中でDNAの螺旋のように次から次へと連なって浮かんできて、自分でもどう答えたらいいのかわからない。

「まぁ、然もありなん。人間というものは、常に願っているものだ。小さな願いから大きなものまで。人間の細胞の数ほど、多くの事を際限なく望んでいるものだ。」

どう答えていいのか、何が一番の願い事なのか、答えられずにいる私に、そのシルエットは近づいてきた。

「それならば、おまえの心というモノに直接聞いてみるとしよう。」

そう言うとシルエットは、私の眉間の辺りに冷たく尖った爪のようなものを、押し当てた。
冷たいような暖かいような、不思議な空気が身体中に広がり、金縛りにあったように体に緊張が走った。

「おまえの願い事、引き受けた。いいな?」

自分の願い事もよくわかっていなかった。この相手が何者かもわかっていなかった。
なのに漠然と、任せてもいいという気持ちになっていた。そして、私は頷いた。
動かなかったはずの体は、いつの間にか自由に動かせた。

「確かに引き受けた。願いが叶った暁には、おまえ………からな…や…く…だ。」



「次は⭕⭕駅…」

はっ!笛の音とホームからの案内アナウンス、人々の放つ雑音で目が覚めた。
いつの間にか眠っていた。

膝の上の文庫本を慌てて鞄に突っ込むと、ビシッと座席から立ち上がり、ドアからホームに転げ出るように、前のめりに降り立った。

夢を見ていたのだろか?
後半の、たぶん一番肝心で、一番重要であろう部分が、夢の中の会話に現実のノイズが混じり、ちゃんと聞きとれなかった。
まぁ、夢なんてそんなものだ。肝心な所で目が覚めるなんてしょっちゅうある。支離滅裂なんて当たり前。
それにしても、なんだかすごくモヤモヤする。
なんかヤバい?私、死ぬのか?死の前触れか?
だけど、なんだろう?それほどの危機感は感じない。むしろ、ちょっぴりの高揚感と幸福感さえ感じてる。

ネロとパトラッシュがルーベンスの絵を見て、天使に抱えられて天国へ召されるような、温かい光に包まれて、安堵するような、大袈裟に言えばそんな感覚。

失恋のショックが大きすぎて、完全にバグったな。
私の思考は。

今日の仕事は気を引きしめて行こう。
フィアンセを失って、その上、職まで失う訳にはいかない。


『いつでも帰っておいで。ここはおまえの家なんだから。』
ふと、実家の両親の姿と言葉を思い出した。
両親は悲しませたくないな…人混みに流されて会社に向かいながら、そう思った。

👿 👿 👿 👿 👿



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