見出し画像

あなたの願い事お引き受けします。ワタクシ、悪魔が…⑤

「まみ、お客様だよ。アポ入ってるでしょ?」

「あれ?今日だったけ?」

「もう、ホントしっかりしてよ!それに、そんな死霊のはらわたみたいな、今、墓場から蘇って来ました的な顔で打ち合わせすんの辞めてくれる!」

「え?顔?ヤバい!特殊メイク出来てない!どうしよ?あ、でも、もうこのままでいっ…」

「ダメ!化粧室行ってメイク直しておいで!あんたが女捨てるのはさ、勝手だけど、顔色も見てくれもゾンビみたいな姿を、お客様に晒すんじゃないよ!社会人としての、最低限のマナーは死守しろ!」

そうだ、仕事なんだ、社会人なんだ。しっかりしなければ。プライベートの負の感情を、仕事や他人にまで向けてはいけない。

「第2会議室にご案内して、お茶お出ししておくから。」

「サンキュー!千鶴!」

カバンから化粧ポーチをひっつかみ、急いで化粧室に行くと、とりあえずメイクを直す。
どんなに時間をかけてメイクをしても、あまり代わり映えしない地味な顔。ちょっと気合いを入れて華やかにしようとすれば、顔面から色だけ浮いて、昭和の時代の3D映像みたいに不自然になる。そんな化粧映えしない顔でも、身だしなみとしてのメイクは必要だ。

とりあえず、洗顔シートで溶けてヨレたメイクを拭き取り、化粧下地で顔色を整える。ファンデーションは省き、艶を出すためのフェイスパウダーをはたき、眉を描き、薄く細くアイラインを入れる。メイクで一番大好きなリップは、顔色を明るくしてくれる桜色の薄付きで艶のあるものを、リップブラシで丁寧に輪郭を描いて内側を塗りつぶす。
軽くティッシュペーパーで押さえて、メイクはおしまい。気合い入れる為に、髪を後ろで1つに纏める。
仕上げは、右手の甲と指の第一関節に、お気に入りのジルスチュアートのロールオンタイプのフレグランスをオン。大好きな香りでやる気を捻り出す。
ここまでで、所要時間3分!
これでお客様にも失礼のない程度の平均的社会人に、カモフラージュできた(はず)。
よし!いざ出陣!参る!

「失礼いたします。大変おまたせ致しました。」

会議室に入ると、男性が1人、上品で質のいい革製のシステム手帳とタブレットで、何かを確認していた。
私の声に、素早く立ち上がり、軽く会釈をした。

「おまたせ致しまして、申し訳ございません。担当の一ノ瀬と申します。」
挨拶をしながら名刺を差し出した。

「はじめまして。⭕⭕デザイン事務所の佐久間です。よろしくお願いします。」と、心地好い声色が耳に飛び込んできた。

待たせた事の後ろめたさと、バタバタと慌てていたせいで、顔をちゃんと見ていなかったが、目の前にいる佐久間なる男性は、世間一般で言うところの『イケメン』と言う類いの生き物だった。

1人呆けていると、
「いちのせまみさん?で読み方はよろしいですか?」

「あっ、はい。」

「不躾に、失礼しました。この字で、まさみと読む親戚がおりまして…。」

「そうですよね。漢字の読み方、特に人の名前は難しいですから。」

なんだ、このビジネストークにおける、完璧な掴みは。そしてこの、あまりに見目麗しい生き物は!こんな神のような存在を間近にしては、眩しさに目が眩んで仕事にならん。
とりあえず目を合わせるな。仕事に、資料に全集中するのだ。
この人は、異世界の住人だ。私とは住む世界が違う人なのだ。この場だけのやりとりの相手なのだ。この打ち合わせをクリアしたら生きて(?)帰れる。
今はこの、社名入り封筒のデザインをお願いするミッションを滞りなく遂行するのみ。
とっとと終わらせよう!そうじゃないと、私の目が眩しさで瞑れてしまう。せめて、ブルーライトカットのPC眼鏡でもかけておけば良かったのに…。

私は、いつも通りのビジネスモードで、相手を不快にさせることなく、最低限のおもてなしの心を添えて、こちらの要望を淡々と伝えて、なんとか、この打ち合わせを終わらせることに成功した。

…はずだった…のに。



👿 👿 👿 👿 👿





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?