小学校時代どもりだった僕が、本のプレゼンバトルで優勝できたキセキ

本なんて、子どもの頃は大嫌いだった。

今は治ったが、僕はその当時どもりだった。
大勢のクラスの同級生の前で、朗読する時は心の中は地獄だった。

「われは草なり、緑なり」という詩の一節がある。

「わ、われはく、くさなり、み、みどりなり……」と僕がオドオドしながら朗読した時のクラスの皆のあざけるような笑い……
僕を恥さらしにする、本ってヤツが大嫌いだった。
高校時代にヘルマン・ヘッセの「車輪の下」に出会うまでは……

たまたま友人から借りたこの本を見て、純粋であるがゆえに、社会から疎外されそうになりながらも、自分を貫こうとする主人公の生き様に心を打たれた。
「本って、こんなに人の心を動かすものなのか!」
それから僕は、本のとりこになった。

本嫌いだった反動か、むさぼるように文学を読み、それから、自己啓発やビジネス、歴史の本と分野を広げ、いつの間にか「本の虫」になっていた。

しかし、本を通して様々な世界を知り、見識は広がったが、それを基に人生を切り開くだけの気概が自分にはなかった。
生き方を指南する本を読んでも、そんな立派な生き方ができないネガティブな自分を思い知らされるだけだった。


そんな僕に、ある知人が「お前、本好きだろ? ビブリオバトルに出てみないか?」と誘ってきた。
「何それ?」と聞くと、
「本の紹介のプレゼンを聴衆の前でやって、一番読みたいと思った本を聴衆に投票してもらって、一番票が多かった人が優勝するプレゼンバトルだよ」
「え〜、人前で話すの苦手だしなぁ」
「いや、お前のその素朴で飾り気のない話し方が、かえって好感を持たれるんじゃないか?
やってみろよ」
「う〜ん」

最初は気乗りしなかったが、「本の虫」が活かせるチャンスと思い、勢いで応募した。

僕が応募したのは社会人がメイン層のビブリオバトルだった。
過去の優勝者は経営者や弁護士等のツワモノ揃いの大会だ。
最初はビビったが、やるしかないと腹をくくった。

「社会人がメイン層か……
そりゃ、自己啓発かビジネス関連の本でしょ!
ポジティブで前向きな生き方を示す、成功のノウハウ本がウケそう!
あ、でも、待てよ……
俺自身が、そもそも成功してないし、そもそも前向きな生き方をしてないから説得力ないなぁ」

まずは、本選びから難航した。
「やっぱ、出るのやめようっかなぁ……」
と思っていたところに、自分の部屋の本棚の隅っこに眠っていた、あるタイトルの本が目に飛び込んできた。

「こ、これだ!!」

いよいよビブリオバトルの当日。
平日の夜、仕事帰りの約80名の聴衆が会場に集まった。
僕を含めて、予選出場者の約20名から決勝に勝ち抜いた5名が出場した。

くじ引きで、僕は2番目のプレゼンだった。
1番目が終わり、2番目の僕に出番が廻ってきた。
与えられた時間は5分。聴衆の前に僕は立った。

僕が紹介した本は自己啓発やポジティブ思考の本ではなかった。
そういう本を読んでも、一向に前向きになれなかった。
実はこういう人が多いんじゃないだろうか?

人間はいつもポジティブでいることはできない。
失恋や失業までいかなくとも、日々の些細な出来事で落ち込むのが人間だ。

僕が紹介した本は、そんな時に自分に寄り添ってくれる「絶望名人カフカの人生論」という名言集だった。

フランツ・カフカといえば、生前は無名で、平凡な役人として一生を終えた。
彼は超ネガティブ、超草食系男子で、恋人に対して3度プロポーズしたが、あまりにも自分に自信がないためか、結婚直前に3度とも自分から婚約破棄をしたエピソードがある。

名言集というと、元気づけられる言葉が多いが、この本にはそれが一切ない。
ひたすら愚痴のオンパレード、しかも凡人には真似できない突き抜けた愚痴ばかりだ。
そういう本を読んで、「何のメリットがあるの?」と思う人もいるだろう。

彼は究極のネガティブ思考の人だった。
この本を読むと、「さすがに自分はここまでネガティブになれないな。自分の方がまだマシだよな」と不思議と勇気をもらえる本なのだ。
心が沈んでいる時は、明るいポップスより、中島みゆきの曲を聴いた方が却って元気が出るようなものだ。

……以上のことを、全力でプレゼンした。

5名のプレゼンが終わった。
その後、聴衆の投票が行われ、順位発表の時が来た。
3位、2位と発表され、自分の名前はまだ呼ばれなかった。

「さすがに、優勝は無理か……」
半ば、諦めかけていたところで、優勝者が発表されることとなった。
「優勝者は…… 日山公平さんです!」

最初、他の誰かと錯覚していた。
しかし、紛れもなく、自分の名前が呼ばれたのだった……


大会の後に、僕のところに来て感想を言ってくれた人がいた。
「日山さんのようなごく普通の人の、多くの人を惹きつけるプレゼンを見て、なぜか勇気をもらえました」

「ポジティブになれ!」、「成功しろ!」とムチ打つ本より、等身大の自分でも大丈夫なんだと、自分に寄り添ってくれる本こそ求められると思い、それを紹介したにすぎない。

また、元どもりであったがゆえに、言葉を大切にしようという想いは人一倍だった。
一つ一つの言葉にゆっくりと想いを込めてプレゼンした。
かつてのどもりが僕のプレゼンを育んでくれたのだ。

人は自分の境遇を選べない。
だからこそ、それを活かして、自分なりの想いを表現すれば、必ず誰かわかってくれる人がいる。
それに気づかせてくれたビブリオバトルに感謝したい。

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