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あこがれの65才

周りの人の話からすると少しとっつきにくい人なのかもしれないと思った。
もう少しで65歳を迎え定年退職をされるLさん。
わたしは彼女の仕事を引き継ぐことになり、退職されるまでの3か月間を
一緒に過ごすことに少し不安を感じていた。

でも、実際一緒に仕事をしていると、人から聞いただけの彼女に対するイメージとは異なる面がたくさんあることに気づいた。
歯に衣を着せずズバッとものを申す彼女に最初こそは身構えていたものの、ときどき独特なユーモアを醸し出しお茶目な一面があること、3か国語を流ちょうに操ること。美術館巡りが好きなこと。そんな彼女の新たな面々を、わたしは知らなかった。

若いころは日本で暮らすことに息苦しさを感じ、海外で住んでいたころもあった、とLさん。言語をはじめとし、色々な苦労があって相当な努力をされてきたのだろう、と思いをはせる。今みたいにSNSやその他テクノロジーの普及で世界が近くにあったわけでもないから尚更だろう。そんな時代を、
自分の意志で人生を選択しながら駆け抜けたLさんが、いま彼女のキャリアにおける最後の何か月をわたしと同じ時間を過ごしている。なんだかとても
光栄でプレミアムな時間だと思った。

Lさんと働く最後の日、これまでのお礼と餞別としてプレゼントを渡した。

「日本人らしい別れはやめましょうよ!今は連絡先も知っているし、これっきりというわけでもないのですから。」

と言いながらも、嬉しそうに受け取ってくれたLさん。勢いでわたしは退職後は何をするのか聞いてしまった。
その瞬間、しまった。少し踏み込んだ質問だったかな、聞いてよかったのかな、と心配になった。退職後、とにかくやることがなく暇で暇でしょうがないよ。と言っていた人の話も聞いたことがあるし、もしLさんも退職後の予定がなくわたしの質問で気分が重くなってしまったりしたら、申し訳ないと思ったからだ。そんなわたしの心配をよそにLさんは
”その質問待ってました!"と言わんばかりに眼をきらきらと輝きさせ、答えた。
「生涯学習として英語をもう一度、大学で学びたいの。」
すでに英語とドイツ語を流ちょうに使いこなすLさんなので、その答えは予想していなかった。
「言語学習には終わりはないし、なにより学びが楽しいの。それにわたしには強力なライバルがいるから進み続けなければ」
聞けばその強力なライバルとは、大学生の娘さんのことらしい。大学に通うことののほかに、ずっと手伝えなかった家業を手伝いたいとも。

65歳。定年退職した後の目標を語る彼女は、とてもいきいきと輝いていて眩しかった。
25歳。わたしがこれから選択する人生。わたしが定年退職する年齢になって彼女のように、パッションをもって突き進められる何かを見つけているのだろうか。見つけたい。








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