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この世界は思っていたよりも愛で満ちていた。

「疑うこと」それは僕が生まれながらに持った、最強の武器だと思っていました。


疑う事によって俺はどんどん成長していける、そう思っていたんです。


ですが、残念ながらそれは間違いでした。


今回は僕が受け取った「愛」の話をしたいと思います。






こんにちは、まひろです。



今回のテーマはについての話です。


皆さんはって何だと思いますか?


日本語ができてからもう何千年も経っているのに未だに真実の愛とは何かを探し求めるひいとは多いと感じます。


ラブコメアニメを見ていると真実の愛について取り上げている作品が多いです。


僕は心理学を勉強しているので、心理学的に真実の愛は何だと思う?と聞かれることがあるのですが僕はいつも



あなたは難しく考えすぎじゃないですか、真実は理想ではなくあなた自身の事です。



と答えます。


しかし、実際僕が自分なりの愛という存在を自分から受け入れたのは、だいぶ遅かったです。


僕は学生の頃から頭が理系脳というか何というか、すぐに何かを疑うってしまう、なぜかと気になってしまう性格だったんです。


疑う事によって学べる事、発見できることは多いです。この世にあるすべての発見は疑うという考えによって開拓されてきました。


なぜこのリンゴは落ちるのだろう、なぜ星は空を回っているんだろう、なぜ海の水はしょっぱいんだろう


そうした疑いを持つことから多くのものが発見されてきました。


しかし僕はそれと同時にこうも感じるのです。


多くの愛を感じ損ねたと。


疑うということは、相手を信じないということ。


いくら口に出さなくても、相手を疑うという感情は心を通じて言動に出てしまいます。


それは感覚的なことではなく、論理的にもわかっていることです。

それについてはこの記事で詳しく気合いているので興味がある方は読んでみてください。


これは高校生の時の話です。


僕はある日、友達と名古屋に旅行に行く約束をしていました。


次の日から夏休みなので、学校は昼に終わりそのまま家に帰って夜行バスで友達と合流する約束をしていました。


しかし家に帰るとある事に気がつきました。


僕はその日の朝、家を出る前に母親にポストに家の鍵を入れておいてくれと頼んでいたんです。


しかしポストを開けるとそこには何もありませんでした。


このままでは家に入れなくて夜行バスに間に合わない。


その当時、僕の母親はシングルマザーで、僕と二人暮らしをしていました。だから、僕は仕事に行っている母親を呼んで鍵を開けてもらうことしかできませんでした。


でも元はというと、朝頼んだことを母親がやっていなかったから。僕はむしろ少し怒っていました。


そして母親が到着し鍵を開けてもらった後僕は母親に尋ねました。


「何で鍵ポストに入れてへんの?」


「知らんわ、あんたが持って行かへんかったからやろ」


「いやポスト入れといてって朝言ったし」


「知らんわ」



その時僕は母親が仕事から呼び戻されて怒っていると思っていたんです。


だから、頼んだことを忘れた母親が何で怒ってんのっと思い僕は最初から喧嘩腰だったんです。


要するに僕は母親を信頼しなかったんです



そして、準備を済ませ自分の部屋から出てリビングに行った時、そこには一通の封筒がありました。


「名古屋気をつけて行ってきな、お土産よろしく。」


と封筒に入れられたお小遣いと一緒にメッセージが添えてありました。


その時母親はシングルマザーでした。だから迷惑をかけたくなかったので名古屋へは自分で稼いだバイト代だけで行くつもりでした。


その時、リビングで1人で泣いたあの時、僕は愛という感情を意識的に初めて受け取った気がします。



これは僕の実話なのですが笑




これを通じて僕が何を言いたいかというと






愛とは与えるものでもあり、受け取られるものでもある







ということです。


愛は与えなければ生まれません。


でも、受け取られなければ次の愛は生まれません。




だからこの経験を通して僕はより多くの愛を感じて、より多くの愛を返そう、与えようと思ったんです。


普段、こうして僕がnoteを通して読者に愛を伝えているのも(僕なりに伝えているつもりです笑)、周りの人から多くの愛を与えられ、多くの愛を感じたから。



だから僕は、愛は与えるだけなんじゃなくて、より多くの愛を感じ取ってほしいと思うんです。



この経験があって僕は大きく変われた気がします。


全てを疑っていたのが、全てとまではいきませんが信頼し愛を受け取める強さが僕には身についた、そう思うんです。





そして、周りを見ると、この世界には、人々には、思っていたよりも愛で満ちていました。





僕は、人の悪口や歪んだ感情は人が愛を受け取らないから、いや受け取れないからだと思うんです。


全てを疑って、退けて、信頼しない


そうしていると人間の心はいつしか乾ききってしまうと思うんです。



むしろ、多くの人が自然の愛を受け取る事に恐怖心すら抱いているように僕は見えます。





しかし人間とは、1人では必ず生きていけません。


一人一人がお互いを支え合って助け合うのが人間の社会なんです。


だから当たり前なんです、この世界に自然の愛が満ちていることは。



僕はそれを多くの人に感じ取って、またいろんな愛を生み出してほしいと思っています。







この記事を読んでくださったあなたがより深くでき、興味を持てる記事を紹介しています。興味がある方は是非読んでみてください!

それでは


最後あで読んでくださり、ありがとうございました。








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