見出し画像

【短編小説】砂糖菓子のような君へ

「私を恨んでいいから」

涙を流す彼女の耳元に最後の言葉を置いて、彼女をバスに乗せた。

拝啓、砂糖菓子のような君へ。
貴女は今どこで何をしていますか。
幸せに暮らしていますか。


彼女はおとぎ話の世界から出てきたような女の子だった。
膝まである長い髪。透き通るような白い肌。笑うときは必ず口許を指で覆って目を柔らかく細める子だった。

共通の友人から繋がった私たち。
畠違いの二人の共通点は紅茶好き。
それ以外はまだまだ知らない関係だった。

でも、彼女は目に涙を溜めながら私に告白した。
二人、紅茶を飲む夜の部屋で彼女の嗚咽だけが響く。

4月29日、何年経っても忘れられない記憶がまた今年も蘇る。


初めて出会ったのは、友人が進学した大学のファッションショーだった。最後の年だからと、思い出に見に行った。その友人のファッションショーのグループリーダーが彼女だった。
ショーのときは白塗り顔で、黒と赤を基調とした立派なドレスを身に纏っていた。彼女と次に出会ったのは駅のホームで、ベージュを基調とした柔らかい服に身を包んでいて、最初同一人物だと紹介されたときは驚いた。

まずは三人で遊ぶようになり、連絡の回数を重ねるごとにお互いの住む地域に旅行がてら二人で会うようになった。
新しい友人ができた私は他愛もない会話も楽しくて仕方がなかった。

ある連休で、彼女の家に遊びにいった。
お出かけして遊び疲れて帰って一休みと、彼女の部屋で二人紅茶を飲んでいると、彼女がこれまでの恋愛を訊いてきた。ごく普通の恋バナといった感じで特に抵抗もなく、別れて半年が経とうとしている彼氏の話や未練が未だに残っている話をした。

すると次第に彼女は体を小刻みに振るわせて頬に涙を伝わせた。
初めての反応におろおろしていると、彼女は涙を流しながらも真っ直ぐに私を見て言った。

「ごめんなさい。私が好きなのは貴女なの」

口にした瞬間、彼女は泣きじゃくった。「ごめんなさい」を繰り返す彼女を私は抱き締めて背中をさすることしかできなかった。

予想もしていない展開だった。
これまでの恋愛は男性ばかりであった自分が、まさか女性に告白されるとは思っていなかったのだ。
恋人もいないし、女性が全くの恋愛対象外というわけではないにしろ、それでオーケーを出すほど楽観的には生きていない。
まずはちゃんと理解しなければと彼女に返した言葉は「時間をください」だった。

翌朝、予定していた街を歩いた。
彼女はいつも通りでいて積極的だった。

「相合傘をしたい」
「手を繋ぎたい」

私は「友達としてね」と前置きしてそれに応えた。
それでも彼女は嬉しそうだった。

歩き疲れた連休最終日、バスでそれぞれ分かれる前に静かでゆっくりとした時間が流れる純喫茶に寄った。

「私は、恋愛対象は両性でも、性的嗜好は男性だから貴女が期待する愛し方はできないかもしれないよ?」

ウィンナー珈琲の上の生クリームを静かに掻きまわしながら彼女に言った。彼女は真っ直ぐに私の目を見たまま落ち着いた表情で口を開いた。

「キスもいらない。肉体関係もいらない。私はただ好きな人と手を繋いでこうしてお茶をしていられたらそれで幸せなの」

私は「もう少しだけ時間をください」と伝え、バスに乗った。

簡単に答えてはいけないことだけは、はっきりしていた。遊びではない。その人の時間が自分に掛けられる時間が多くなる。果たして自分は彼女にとってそこまでされる価値のある人間なのだろうか。
自分が彼女に向ける「好き」が彼女が望む「好き」に変わることはあるのだろうか。ここで私が恋愛的な「好き」でないまま彼女を受け入れることは彼女を傷つけてしまうのではないだろうか。

考え続けて、ひと月が経とうとしていた。
ひと月経っても自分の中で答えは出ず、これ以上待たせるのは駄目だと彼女に連絡を取り、率直に話した。

性的嗜好ではないこと、現段階では恋愛の「好き」ではないこと。

そして、私は彼女に残酷な選択を提示した。

「それでも、貴女は私と付き合いたいですか?」

彼女は私を愛してくれた。
遠距離恋愛で毎日連絡をくれ、服作りが好きな彼女は私にぴったりの服を作っては贈ってくれた。体調が悪くなる私を心配して、原因に効くお茶を贈ってもくれた。他県の大学での自分の活動を彼女は不満一つ言わずに応援してくれた。
それでも、私の「好き」が友達から恋人に対する「好き」に変わることはなかった。

カタチは恋人。
手を繋いでデートをして、同じベッドで眠りに就いて、他愛もない話は絶えない。
でも、ココロはちぐはぐだった。

最低だな。

次第に自分が許せなくなった。
もう、終わりにしよう。これ以上、彼女の時間を奪ってはいけない。
自分を正当化する気はない。自分は最低な人間だ。恋愛をしたい彼女を受け入れているようで受け入れず、心はずっと友人の距離を保っている。関係性を偽るような真似をした。
彼女が涙を流しても、この関係は絶たねばならない。たとえ、友人という関係さえも壊れてしまったとしても。

久しぶりに会った日、彼女と小腹を満たした後、私は彼女に別れを告げた。彼女の色白な顔から更に血の気が引いていくのが分かった。絶望を表したその目から逸らさないことだけが残された誠実さだと思った。

「何がいけなかったの?」
「私が女だから?」
「不満があるなら、直すから」

彼女は最後まで私の所為にしなかった。
全部、私が悪いのに。

彼女は顔を覆い、静かに泣いた。
私はただ黙った。

「ごめん」は言わなかった。何のためにもならない謝罪になるから。自分のエゴの「ごめんなさい」は宙を漂い彼女を傷つけるだけだからだ。
いつも撫でていた頭も撫でなかった。想いを手に乗せて頭を撫でることはこの先ないからだ。
優しい人になるな。彼女にとって冷たい人であれ。

「私は貴女を愛せない」

重く長い時間が流れる。腕時計の針の位置を確認する。彼女が乗るバスの時間が迫っていた。
私は俯く彼女の腕を半ば強引に引っ張り、店を出た。

「まだ、間に合うよね」
「………」
「何か言ってよ」
「………」
「本当にこれで終わりなの?」
「そうだよ」

狼狽える彼女の腕を引き、預けた荷物を手に時間ギリギリのバスのもとへ急ぐ。

「このまま帰りたくない」
「………」

荷物を詰め込み、彼女をバスの入り口まで引く。

「ねえ」
「私を恨んでいいから」

最後、彼女の耳元で囁いた。
彼女へ発した最後の言葉だった。

「最低だな」

一人残されたバス停でその言葉が胸に重くのしかかった。この重さを背負うと決めた。


シフォンケーキが美味しい店に二人で足を運んだとき、ずっと彼女を見て思っていたことを呟いた。

「君は砂糖菓子みたいな人だね」

そう口にすると、彼女は少し俯いて口許を緩めた。
心の底からの気持ちだった。


拝啓、砂糖菓子のような君へ。
貴女は今どこで何をしていますか。
元気にしていますか。
「もう恋はしない」と泣いた貴女。
私が言えることではないけれど、私を最低な人だと恨んだままでいいから、貴女がまた新しい恋を見つけて新しい人と心の底から寄り添える日を願っています。


あとがき

ここからはこの作品を書いた経緯と書いて想ったことを綴りたいと思います。
気になる方だけ読んでいただければ。
それではどうぞ。

ここから先は

1,237字

¥ 100

この記事が参加している募集

忘れられない恋物語

恋愛小説が好き

最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 自分の記録やこんなことがあったかもしれない物語をこれからもどんどん紡いでいきます。 サポートも嬉しいですが、アナタの「スキ」が励みになります:)