東良美季

東良美季1958年生まれ。編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。著書に『…

東良美季

東良美季1958年生まれ。編集者、AV監督、音楽PVディレクターを経て執筆業。著書に『猫の神様』(講談社文庫)『代々木忠 虚実皮膜』(キネマ旬報社)『デリヘルドライバー』(駒草出版)『ヘンリー塚本 感動と情熱のエロス』(VITA)他。

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  • 一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。

記事一覧

【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#004

#004  君はそのうち死ぬだろう 「じゃあ、あんた、いったい毎日何をして暮らしてるわけ?」とその医者は言った。  精神科医というおごそかな肩書きには、およそ似つかわ…

東良美季
6日前
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【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#003

#003  雨も降り出した  年が明け、十一月から行われていた入社試験の結果、さらに六名ほどの新入社員の入社が決まった。公にはされてなかったが、電球頭の上司は編集局…

東良美季
3週間前
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【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#002

#002  九月になったのに  その日は土曜日で、正午を過ぎると社内にはいつものように競馬中継のファンファーレが鳴り響いていた。特に仕事は与えられていなかったので、自…

東良美季
1か月前
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【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#001

#001  新宿通りはもう秋なのさ  一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。時給四二〇円のアルバイト待遇である。大学を卒業して約半年後のことだった。あの頃のことを思…

東良美季
1か月前
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【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#000

#000 introduction 二〇分泣いた  二〇〇九年五月二日の夜、僕は自宅アパートのある国立へと向かう中央線の中にいた。  その日は実家のある川崎市の小田急線新百合ヶ丘…

東良美季
1か月前
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【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#004

【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#004

#004  君はそのうち死ぬだろう

「じゃあ、あんた、いったい毎日何をして暮らしてるわけ?」とその医者は言った。
 精神科医というおごそかな肩書きには、およそ似つかわしくないカン高い声だった。黒ぶちの眼鏡をかけた小柄な中年の男で、年齢のわりに黒々と多めの髪は眉の上で一直線に切り揃えられ、まるで帽子のように頭上に乗っていた。診察室に入った時から誰かに似てるなあと思ってずっと見ていたのだが、やっと気づ

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【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#003

【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#003

#003  雨も降り出した

 年が明け、十一月から行われていた入社試験の結果、さらに六名ほどの新入社員の入社が決まった。公にはされてなかったが、電球頭の上司は編集局長という立場で人事にも深く関わっていたので、応募者の履歴書返送作業は僕がやった。だからおおよそのことは自ずと知ることになったのだ。同じ頃、国城がアサハラの紹介で下請けのデザイン会社に移ることになった。首になる前に再就職先を探してやろう

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【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#002

【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#002

#002  九月になったのに

 その日は土曜日で、正午を過ぎると社内にはいつものように競馬中継のファンファーレが鳴り響いていた。特に仕事は与えられていなかったので、自分の机で『編集ハンドブック』を読んでいた。するといつものようにノミ屋に電話をかけまくり、「まったく土曜日は仕事にならんなあ」などと嬉しそうに笑っていた電球頭の上司が、ふと僕の存在に気づいたといった感じで声をかけてきた。
「キミはギャン

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【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#001

【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#001

#001  新宿通りはもう秋なのさ

 一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。時給四二〇円のアルバイト待遇である。大学を卒業して約半年後のことだった。あの頃のことを思い出そうとすると、今でも耳元で清志郎の声が聞こえる気がする。
 一九八二年と言えば、RCサクセションはシングル「サマーツアー」がヒット。メディアでは日本のロックバンドのシンボル的存在として取り上げられ、まさに快進撃を続けていた。フジテ

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【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#000

【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#000

#000 introduction 二〇分泣いた

 二〇〇九年五月二日の夜、僕は自宅アパートのある国立へと向かう中央線の中にいた。
 その日は実家のある川崎市の小田急線新百合ヶ丘駅近くで、地元の友達が集まるちょっとした同窓会的な飲み会があり、その帰りだった。
 時刻は十一時半を廻っていた。ゴールデンウィーク中ということもあって、車内はさほど混雑していなかった。座席はほぼ埋まっていたが、つり革に掴

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