【小説】一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。#000


#000 introduction 二〇分泣いた

 二〇〇九年五月二日の夜、僕は自宅アパートのある国立へと向かう中央線の中にいた。
 その日は実家のある川崎市の小田急線新百合ヶ丘駅近くで、地元の友達が集まるちょっとした同窓会的な飲み会があり、その帰りだった。
 時刻は十一時半を廻っていた。ゴールデンウィーク中ということもあって、車内はさほど混雑していなかった。座席はほぼ埋まっていたが、つり革に掴まっている人がチラホラという程度。少し離れたところに一〇人ほどの男女若者のグループがいて、彼らは全員席には座らず、ドアにもたれたりつり革につかまったり、思い思いに立っていた。おしゃべりをしてる子もいれば、携帯をいじってる子もいた。
 電車が阿佐ヶ谷を過ぎた頃だったと思う。ひとりの男の子が、携帯でニュースを見ていたのだろう、
「おい、忌野清志郎が死んだぞ!」と叫んだ。一瞬車内は静まりかえり、女の子のひとりが「うそ、清志郎、死んじゃったの?」と泣きそうな声を出した。その後のことはよく覚えていない。
 気がつくと吉祥寺の駅で降りていた。二〇分泣いた。涙が涸れたとき、しゃがみ込んでいたベンチから立ち上がり、やってきた列車に乗った。
 最終電車で国立に着いた。まだ三人編成のアコースティック時代、RCサクセションのホームグラウンドだった街だ。僕は三〇歳のときからジョギングを始め、走れる環境を求めて中央線沿線に移り住んだ。東小金井、国分寺、国立。意識したつもりはなかったのだが、気がつくと清志郎の後を追っていた。
 アパートへ向かう長い坂道を上り、途中で立ち止まった。そしてあの頃のことをとてもリアルに想い出していたんだ。僕がまだ若かった頃、八〇年代の始まりと、そして、ひとりの女の子のことを──。

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