タナカルイ

生存戦略

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1日1食しか食べられない少食の人のためのディストピア飯メニュー

※この記事は、例えば「よく噛まないと脳や歯の老化が進む」などは一切度外視しています。 どんな人がこれを書いたのか拒食気味発達障害女性。味音痴。とにかく咀嚼(よく噛む)が無理。液体をたくさん飲むことはできる。 とはいえ最近仕事も忙しいし体調を崩している時間すら惜しい。ので栄養バランスをギリギリ保ちたい。 できれば点滴で暮らしたい。早くソイレントなりなんなりの完全食が出て欲しい。食に関する快楽機能が搭載されていない。 そんなわたしの1日のメニュー飲み物編・ラテベース …た

    • 世界のシステム解釈と「飛鳥井 救われた説」を提唱します-歓喜のID:INVADED 考察②

      ※ほぼ二次創作です 一昨晩アップした「β富久田保津説」が本当に幸運なことに今までご縁のなかったクラスタのみなさまのところへ届き、いろいろな感想や意見、知見をいただいており、本当にこの世界は最高だ…ありがとう…という気持ちで過ごしています。知見の中には元ネタや参考文献などのご教示なども多く、目についた全てをリスト化していっております。本当にありがとうございます。必ず制覇いたします。(謎の宣言) 多くはおそらく舞城作品で占められたそのリストを眺めながら、「せっかく今までエクスト

      • 「富久田保津/名探偵アナイドは可能性の過去からきた説」を提唱します-怒りのID:INVADED考察

        ※当ブログはこのエントリー以外ではID:INVADEDの話はしていません。 ⬆️嘘です。1本書かせていただきましたので、ご査収のほどお願いいたします。 ※ほぼ二次創作です わたしの検索能力が低いのか、世間の関心を多く集めていないのか、またはそもそもこんなに考え込むコンテンツではないのか、原因はさだかでありませんが、とにかくIDの考察をほとんど見つけられないので、自分で書くことにしました。見てない人向けの注釈を入れるとまとめることが不可能なので、すでに見て、なにかをわからな

        • 2019/07/19-相対、次元、真偽の話

          頭にあることを順不同箇条書きに吐き出していったら空っぽになってしまって何も考えられなくて、でも感情だけ駆動していて、同じところをぐるぐる回り続ける曖近だ。 絶対正しいとか絶対誤りだとかというゼロとイチの話は割と根源的なアルゴリズムの中にしかなくて、そのゼロも一次元上から眺めれば解釈のしかたがあったりしてしまって、だいたいが全然ゼロではない。相対的なものばかりだ。ないはあり、ないがないはない。 「次元が低い」という詰りがある。「次元が違う」という称賛あるいは皮肉がある。その

        1日1食しか食べられない少食の人のためのディストピア飯メニュー

          2019/06/14-執着

          わたしの本棚のあるところが、わたしの帰るところだ。場の属人性はあまり寄与しない。わたしの本棚のあるところが、わたしの帰るところだ。 迷子になってしまってずいぶん経った気がするし、あっという間な気もする。 14ミリにまで拡張した右耳の穴はあっという間に縮んで、左耳の千切れたのは戻らない。可塑と、不可逆。執拗に黒く刺し潰した肌はもうなめらかだ。可塑と不可逆。 もう二ヶ月もタートルネックしか着ていないから、夏らしい服なんて見当もつかない。生きていくのに最低限のものはわかるけれ

          2019/06/14-執着

          2019/05/20-さそり座の満月、幸福と不幸

          首と肩がフェータルに濁りかたまるたぐいの仕事を納品した。それは仕事のたぐいの問題ではなくて、わたしの物理的な態度の問題であり、へんな姿勢で4時間も5時間もモニタをみつめるのがわるいのだ。 さいきんは、いつか失明したあとのことを、考えている。それから、幸福と不幸。 幸福と不幸。 さそり座の満月は澄んだ夜の中空に圧倒的にあかるい質量をもって浮いている。半袖に短パンで酒を買いに出るにはまだ肌寒かったけれども、いっそ月光を浴びる気がして、背筋がこわばりをほどく。吸う吐あするごと

          2019/05/20-さそり座の満月、幸福と不幸

          2019/05/19

          ここひと月、Akadamaばかりを常飲している。がんらい居所では飲酒習慣のないので、まんまとひとまわり身体が膨張した。基本的に酔って…多寡あれど…暮らしている。仕事中も。麻痺を求めている。鈍麻を求めている。酩酊と呼ぶほどの酩酊や、忘我と呼ぶほどの忘我やは、さすがに科学的な粒を欠いてはわたしにはむつかしいようで、だからたんに、あわく酔って、暮らしている。 とはいえわたしにはタイミング力《たいみんぐりょく》が生来に備わっているので、読書にかんしては膨大な捗りと自傷が、意図せず執

          トーキョー・デペンデンス、あるいはafkのこと

          概念としての「東京」に、大いに依存している。 さながらザナルカンドのように、「だいじょうぶ、東京は眠らない」。冷たいという揶揄はまるきり見当外れに、わたしは東京にこそ甘やかされている、これは受動態ではなく能動態として、あるいは中動態として。 誰もひとりでは生きられないなんて綺麗事っぽいリアリズムのセンテンスとはすこし異にして、わたしは明確に、孤独や孤高をやる能力を欠いている。なにより人が好きだ。人に依存している。そう、概念としての東京というのはようするに人のことだ。東京の

          トーキョー・デペンデンス、あるいはafkのこと

          2019/04/14

          主義主張や論点論旨結論などを含む文章の羅列を生み出すこと能いませんでした事実を先に書いておきます。可読性を排除しました。 今夜については。あるいはここ幾晩かについては。自己肯定が足りない。根拠というより材料が足りない、あるいはそれをさばく包丁が、包丁をあつかう腕が、ない。読書体験へ没入するだけの胆力がない。勉強するだけの脳の非摩擦力がない。仕事をするだけの運動エネルギーがない。上滑りする思考を止めるすべがない。上滑りする思考がある。反作用がある。摩擦がある。無気力がある。斯

          「だって誰も大丈夫なんかじゃなかった。」

          「居場所」について、というよりも「わたしの思う居場所のこと」「居場所についてわたしの思うこと」について、友人や同僚まで巻き込んで考え事をしてすごすこのところに、唐突に形而上満月がのぼって、モーンガータが浮き上がった。 MÅNGATA[名/Sweden]  水面にうつった 道のように見える月明かり 月光を反射する道。道とは、外延すれば「線」だ。わたしにとってモーンガータは道であり境界線でもある。みづから「マージナル」ということばを好むのとどちらが先だったかはもう忘れてしまっ

          「だって誰も大丈夫なんかじゃなかった。」

          「ラブレター」/秘密基地

          わたしの(おそらく一生をかけた)関心ごととしての「居場所」。その原風景のことを、その原風景のことをどう思っていたかを、思っているかを、したためたい気分になった。 2日間も寝込んでようやっと自我を取り戻したのが22時、そりゃ夜の終わるまでに眠ろうなんて無理だったのだ。役割を果たすこと能わなかった睡眠導入剤が2粒連れ添って胃の中で泣いている。彼らを泣かせたままに、旧い友人とのやりとりを見返していて、あの頃の感触が手元へ入り込んできた31:30。 「東京での彼(つまり高校卒業以

          「ラブレター」/秘密基地

          友情と恋愛?恋情。

          昔から、友情と恋愛の区別がうまくつけられない。そもそも並列するなら「友情と恋情」くらいに、言葉としてのレイヤーをそろえろよと思う。恋情と愛情が異なるというのに、「恋愛」なんて単語ではもう、どういった営みを指すのかさっぱりわからない。もう26歳なのに。「あ・じゃ・ぱー!」と部屋の中で踊ったりしている。6歳くらいでしょうか。6歳くらいのものがなにかを書きつらねております。こんばんは、あなたの部屋は寒いですか。暖かい飲み物をガバガバに飲んで臓腑をスープでビシャビシャにしてやりましょ

          友情と恋愛?恋情。

          部屋

          昼から夕方までをブロックしていた作業が済んで・あるいは滞って、時間を余す。夕方からのしごとへ前倒しに赴いてもいいし、読みたい本はうずたかいし、けれどなんとなく、呼吸をして過ごす。窓から流れ込む空気はすこし涼しく、日光はあたたかそうで、たばこに火をつける。あの頃の気配がひとりの部屋に満ちてくるのを感じる。浸食する。うすく眠たい。あの部屋はいつも、奇妙にあたたかく淀んでいた。吐いた息ばかり充満してなまぬるく、酸素がうすく、皮膚が延長するようだった。そういう気配。 夢と現実の境界

          2019/03/20

          わたしは、まだ、全然じょうずにならない。 わたしは、まだ、あなたがわたしでないことを、全然じょうずにわからない。 ずっとあわよくばあなたはわたしなんじゃないかって思っているし、わたしはあなたなんじゃないかってあわよくばと思って、人の目を覗き込む。やっぱりあわよくば世界はわたしでわたしは世界なんじゃないかと思っている。ふしがある。 だって人は鏡だとかみんな言うじゃないですか。わたしは鏡は好きだ。自分の輪郭が見えるから。たまに歪むこともあるけれど、とりあえず見えはするから。

          2019年3月16日27時

          消しそうな日記です このところの精神の不安定はまるっきり満腹中枢へ影響をおよぼし、少食と謳いつつ一日に軽食を二度ほどはとって暮らしていたものが、ほとんど咀嚼を想像したくないように戻ってしまって、この部屋に体重計はないけれど40kgを破る日も遠くない気がする。なにを眺めても食べたいと思わない。うすい吐き気のようなもの、お腹がいっぱいのときみたいに。でも空腹で、しかし食べたいとは思わない。ひとりでは、とくに、むつかしい。人と一緒なら、人と一緒にいるついでに、暇つぶしに、咀嚼がで

          2019年3月16日27時

          「常軌を逸して愛さねばならない」

          平成も終わる平民の家の子としてのわたしにとって、「恋」も「愛」も、完全に自由化されている。親の決めた許嫁がいるでもなく 家柄を気にするでもなく イエの存続を案ずる人格の持ち合わせもない。自由というのは むしろ、能動的に選ばねばならないということで、それは恋や愛に限った話でもない、職業選択なんかもそうだ。ということが果たして前時代よりも「よい」のか、わたしにはずっと断じられない。わたしに断じられることなど今までも なかったけれど。また、よいから迎合するとかわるいから排斥するとか

          「常軌を逸して愛さねばならない」