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菩薩の心

諸々の功徳一切を衆生に回向し奉る。

皆幸福であれ。
皆苦しみから解放されよ。

私は衆生の為に生きよう。
私は衆生の為に修行しよう。
私は衆生の為に働こう。

私は一切衆生の召し使いである。

私の全てを衆生に捧げる。

衆生の喜びは私の喜び。
衆生の苦しみは私の苦しみ。

私は一切に与え。
一切の苦悩を哀れむ。

菩薩とは衆生の召し使いである。
菩薩とは衆生の苦悩を背負う者である。
菩薩とは衆生に与え尽くす者である。

かの偉大なる菩薩。
シャーンティ・デーヴァは次のように説かれた。

私は一切衆生の哀れみの中に生き。
私は一切衆生の喜びの中に生きる。

私の命は衆生に明け渡された。
私の所有者は一切衆生である。

飢饉の時代には飲食となりたい。
飢えと渇きの時代には飲食の雨を降らせたい。
黄金の雨を降らし衆生の望みを叶えたい。

飢える者には施しを。
傷付く者には安らぎを。

他の一切の願望を叶えたい。
他の一切の望みを成就し得たい。

他の喜びの中に生き。
他の喜びの中で死ぬ。

私は一切衆生の召し使いでありたい。

苦しみの中に哀れみを見出だし。
苦悩の果てに慈悲の光を見る。

菩薩は利他の為に生きる。

他を想って生きる。
他を想って死ぬ。
他の全てが私の心に居座る。

一切衆生は私の心に深く居座る。
ただ哀れみ深く。
ただ喜びに溢れ。
私の心は諸々の衆生によって繋ぎ止められ。
絶え間ない慈愛と慈悲は心に交差の輪を造り。私の心を深く癒し得る。

私は衆生の拠り所となりたい。
私は衆生の避難所でありたい。
私は輝く全ての者の保護者でありたい。

母のように慈愛深く。
父のように慈悲深く。

愛と哀れみで心を満たしたい。

私の心は散漫であり。怠惰であり。未だ解放の喜びを知らない。ゆえに私は諸々の功徳ある心を求める。一切衆生を深く愛し哀れみ。衆生への愛を拠り所とする。慈しみに満ちた心が欲しい。

私は慈悲深い菩薩でありたい。
私は慈愛深い菩薩でありたい。

私は衆生の召し使いでありたい。

それが私の望みである。。。



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