連載:「新書こそが教養!」【第9回】『出生前診断の現場から』
2020年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。
現在、毎月200冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの「教養」が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!
新型出生前診断と遺伝カウンセリング
女性が社会に進出し、晩婚化が進むにつれて、いわゆる「高齢出産」が増えてきた。医学的には、妊婦の年齢とともに胎児の染色体疾患の頻度が上昇することがわかっている。そこで注目されているのが「出生前診断」である。
本書の著者・室月淳氏は、1960年生まれ。東北大学医学部卒業後、ウエスタンオンタリオ大学ローソン研究所に留学。東北大学医学部助手・准教授などを経て、現在は宮城県立こども病院産科部長・東北大学大学院医学系研究科客員教授。多くの専門論文に加えて、著書に『妊娠初期超音波と新出生前診断』(共編著、メジカルビュー社)などがある。
さて、かつて「出生前診断」といえば「羊水検査」を意味した。この方法では、母体の腹壁と子宮筋を長い注射針で穿刺して20ミリリットル程度の羊水を吸引し、その中にある胎児由来細胞の染色体を検査する。超音波診断によって胎児の位置を確認して穿刺するわけだが、動き回る胎児が針で傷つくことも稀にある。羊水検査による流産のリスクは300分の1とされている。
ところが、2013年に始まった「新型出生前診断(NIPT: non-invasive prenatal genetic testing)」では、母体から10ミリリットル程度を採血するだけで胎児の染色体を検査できる。高度な医療テクノロジーによって、母体の血中に含まれる微小な胎児由来細胞だけから、3種類の染色体「トリソミー」(通常よりも多い3本の染色体)を識別できるようになったのである。
その3種類のトリソミーとは「21トリソミー(ダウン症)」・「18トリソミー(エドワーズ症)」・「13トリソミー(パトー症)」である。これら以外の染色体疾患のある胎児は、妊娠初期に流産するのが普通だという。その意味で、トリソミーを抱えて誕生する赤ちゃんは、それだけ「生命力が強い」ということもできる。問題は、彼らの先天異常を「個性」とみなすか否かである。
日本医学会は、①35歳以上の「高齢出産」、②染色体疾患の子の出産歴がある、③超音波診断等で医師が異常所見を認めた場合に限って、NIPT検査を92の指定施設で承認している。これらの施設では、そもそもNIPTを受けるべきか、「陽性」・「判定保留」の結果が出た際にはどう対応すべきか、その後のカップルのメンタル・ケアまでを含めた「遺伝カウンセリング」を行っている。
ところが、インターネットで予約し、母体から採血して胎児の「染色体」ばかりでなく「性別」も通知するような「無認可施設」が増えている。通知後にカウンセリングなどはなく、さまざまなトラブルが続出しているという。
本書で最も驚かされたのは、すでに3種類のトリソミーだけではなく、胎児の全染色体のスクリーニングが可能になっているという事実である。アメリカでは、高額な費用を支払えば、胎児の「DNAシーケンス(塩基配列)」のうち、700万塩基対の重複や欠損をスクリーニングするサービスもあるという。
2018年11月、中国でDNA編集を施した受精卵からHIV耐性のある双子が誕生した。「出生前診断」から「出生前治療」、さらに「デザイナーベビー」へと進む医療テクノロジーに、モラルが追い付いていない現状を痛感する。
本書のハイライト
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