見出し画像

【最終話】創作大賞2024 |黄金をめぐる冒険㊴

黄金を巡る冒険①


僕の手の中には一冊の本がある。
それは図書館の最後の一冊であり、多くの想いが募った凄く重みのある本だ。案山子くん、”孤独”、老人、管理人、それぞれの心がこの本に宿っている。

本は大昔に使われていた古代言語を格納(”孤独”はおそらく封印と訂正するだろう)する辞書のようなものだった。”孤独”は最後に僕に言っていた、”鍵”は彼女だと。
その意味を理論的に順序だてて理解することはできなかったが、直感的に僕が何をすればいいのかは理解できた。僕は失われた言葉たちをしっかりと抱え、彼女の左手をそっと握りしめた。

その瞬間、僕の中で全てが繋がった。紛れもない全てが。
これまでの過去と今見ている現在が僕の認識の中で直列していき、全ての言葉が枝のようにその数直線を分岐させていった。世界の認知は、一本の線ではなく、枝分かれしたそれぞれ独立するかたちで構成されていたのだ。

そして”誉れ”は、可逆的にその分岐点へと移動(ジャンプ)する力であり、この辞書に載っている言葉たちは、それぞれのアクセス点へとその力をいざなう値だ。
概念は繋がりを持って独立している。僕たちはしっかりと進化について考え直さなければならない。

僕にとっての鍵(キー)は彼女だ。彼女を辞書キーとして、僕は値を読み込むことで分岐点へとジャンプすることができる。その分岐点で僕は選択するのだ、言葉の生成と消去を。結果的に概念の有無を。

力の発生条件には彼女が必要だった。手を繋ぐと、僕の半分は彼女であり、彼女の半分は僕であり、”誉れ”は二人でであり、世界は一つだった。
この感覚はこの世界のどこにも無い。唯一近い言葉は愛情だけど、もっと輝きを放つ強固で美しい”黄金”のような繋がり。やはり世界には消えてはいけない言葉があるのだ。

僕は透き通った頭で、彼女をキーとしてその可逆的な言語を読み込んでいく。彼女は僕を導き、男が消し去った言葉、その副作用で失われてしまった言葉の分岐点へとジャンプする。そして僕は”失われた感覚”の再生を始めた。
「XXXX」……
「XXXXXXXX」……
「XX」……
……
……
……

「お前はこれから、私がなぜ力を使ったか理解するだろう。今までの世界では、責任は私にある。だが、これからの世界の責任はお前にある」
男は責任を唱えた。

「私の歪めた世界の結末を、私は見届けることができた。やっと役目を終えた。最後に聞かせてくれ、私の世界が無くなる前に」

「私の友人は元気だったか?」
「ええ」

「そうか、”闇”を照らすのも良いだろう」
そして男と”闇”は無数の細かい黒となり、散り散りに霧散していった。
扉が開く。”孤独”が開けた僅かな隙間から、徐々に黄金色の光が世界の端へと伸びて広がっていく。完全に扉が開くと、光は全てを照らして世界を包んだ。

世界に言葉が戻っていく。
「これからの世界の責任はお前にある」
男は責任を唱えた。

世界には言葉が必要だった。どんな言葉も無くしてはいけない。言葉とは過去と現在を繋ぐ糸のようなものであり、それを分ける壁のようなものでもある。横の糸と縦の壁。言葉はそれで十分だ。次元を超える必要も、そのために進化する必要も全く無い。僕たちは抗いながらも受け入れていかなければならない。物事の良し悪しなんてその人次第なのだから。

そして僕たちは進むべき道を自分たちの手で足で選択していく。何が正しくて何が正しくないかなんて、この世界では些細な共通認識として大いなる存在に飲み込まれてしまうだろう。僕たちは絶えず考え続け、道を探し続けないといけない。山を登るように一歩一歩着々と。そこに近道なんてなくて、時には受け入れるしかない場合もある。だがそれでも向上していこう。それが僕たちの道だ。

それがたとえ”地獄の道”であろうと、その暗闇の中にある希望の輝きを探して旅を続けなければならない。それは記憶の中に過去として存在しているかもしれないけど、それを探すのもまた僕たちの道であって、絶対に逃げちゃだめだ。僕たちが逃げる必要なんてどこにある? なぜ僕たちが逃げなければならないのだ。ならばぶち壊そう、僕たちを取り巻く環境を、世界を、そして自分自身すらも。選んだ道は裏切らない。僕たちのなかで不変に輝く意志や心、繋がりが黄金なんだ。

だが努々忘れてはいけない。これからの世界の責任は君たちにある。

光に包まれていく世界を、僕たちは見ていた。

***

目を開けると、そこには扉も、”地獄の道”も無かった。手の中には彼女の温もりだけがあった。僕はその温もりを強く握りしめる。
「やっと終わったんだね」

彼女は泣いていた。僕にはその涙が何を意味するか分からなかった。彼女は頬を拭い、僕を見て微笑み、そして世界を見た。僕が変えてしまったその世界を。

彼女の横顔はとても綺麗だった。
僕の”黄金を巡る冒険”は終わった。多くの友情を失いながらも、彼女を取り戻した。彼らの想いは、心は、僕の中で確かな強度を持って輝いている。心を澄ますと二人が聴こえた。

彼女の見ている世界を僕も見る。世界はあまり変わっていなかった。

***

僕たちは二人で暮らし始めた。
この世界で過ごして、幾つか分かったことがある。

以前の世界よりもテクノロジーが発展していたこと。
戦争のせいで過去に大勢の人間が死に、人口が減少していたこと。
行き過ぎた資本主義が大きな経済格差を生み出していたこと。
人間の死亡原因の五分の一が自殺であること。
未曽有の環境破壊で地球の半分に人類が住めなくなっていたこと。

世界は見えないところで、数字としてはっきりと変化を示していた。だが、見た目は大して変わらない。僕は果たしてこれが正解だったのだろうか、未だに分からない。だが、僕には帰る場所と帰るべき人がいる。

私の半分はあなたで、あなたの半分は私ね、と彼女は言った。
僕はこれから様々な責任を抱えて、前を向いて歩いていかなければならない。僕は君の隣にずっと居よう。

やがて”誉れ”は角ばった塊となって、鏡のような透き通った表面と壊れぬ密度を持って一つの壁そのものに変形していった。それは、僕の中で広野に独り寂しく置かれた石碑のように、ずっしりとした重しとなって輝きを放っている。

それを見て男は言う。
「見た目はまるで黄金だったぜ」と。


第三十九部(完)
黄金を巡る冒険(完)
Mr.羊


#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?