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好きな映画について語る「ベン・ハー」

はじめまして、もしくはご無沙汰しております、旭山リサです。

こちらのnoteでは出版の宣伝や解説を主に行っているのですが、たまには「好きな映画」についても語ってみようかな、と思い、筆を執っています。

タイトルの通り、本日語るのは「ベン・ハー」です。

ウォレス将軍が著した「ベン・ハー」は何度も映画化されていますが、中でも最も有名なのは、チャールトン・ヘストン氏の出演作だと思われます。

この映画、当時【アカデミー賞史上最多11部門受賞】の記録を打ち立てた名作中の名作です。11部門って凄すぎですよね……ほんと。


なぜその作品が好きなのか?

 私は「これは好きだ」と思う作品に出会うとき「どうして好きだと思うのだろう」と考える癖があります。

「ベン・ハー」を好きになったキッカケは【母方の祖父】の影響です。祖父は大の映画好きでした。オペラや演劇にも興味があり、祖父に連れられて前進座の演じる「天平の甍」を鑑賞しに行ったこともあります。

鑑真和尚の苦難と功績を伝える、素晴らしい作品です。
前進座さん、ぜひとも再上演してください!

さて。いろいろな作品を愛していた祖父が、とりわけ「ベン・ハー」をこよなく愛していた理由は謎でした。

「主人公が義理堅く、漢らしい」

 というのも、祖父の心を捉えてやまなかったのではないか。けれども祖父が一番好きなのは、ベン・ハーといえば見せ場の「戦車レース」では無かったのです。

 【母方の祖父】が好きなのは、メッサーラに裏切られ、ガレー船送りになったベン・ハーが、旅路の途中でイエス・キリストから「水」を差し出されるシーンだと繰り返し言いました。

イメージ画像(イラストAC様)

 【母方の祖父】はクリスチャンではなく、仏教徒です。普段は仏壇にお線香を立て、時々気が向いたら「般若心経」を唱えている、ごくごくフツーの人でした。

母方の祖父は、いたってフツーの仏教徒

 ちなみに私の【父方の祖父】神道でした。【父方の祖父】もなぜか神道なのに、般若心経は唱えていました。その理由は

「般若心経はオールマイティで、なんか良いことがあるらしい」

 とのこと。宝くじ当選の願掛けでもしていたのでしょうか。

神棚に般若心経を唱える、父方の祖父(神道)

「この家は、神道ではないんかい?」

 と首を傾げたのも良い思い出です。【父方の祖父】は、般若心経を一生懸命練習して「だいぶ上手になった~」とつぶやいていました。

 私は神道仏教も間近に感じながら、習合的な環境で、のほほ~んと生きてきたのです。

 神道、仏教。どちらに寄っていたとか、そういうことはなかったのですが、お正月になると近くの氏神様からお声がかかり、巫女さんとして奉仕させていただきました。

 巫女さんの奉仕が終わった後、新年の挨拶に【母方の実家】に行くと、お茶の間では「ベン・ハー」が流れていました。

ベン・ハーが大好きな、母方の祖父(仏教徒)

「この家は仏教徒ではないんかい?」

 祖父が繰り返し観ていた映画は他にもあります。「穢れなき悪戯」という映画をご存じでしょうか。「マルセリーノの歌」というタイトルなら聞いたことのある方も多いでしょう。こちらの作品は、修道院が舞台の物語です。

■ベン・ハー  ……イエス・キリストの物語
■穢れなき悪戯 ……修道院が舞台の物語

 祖父がこの二つを、頻繁に見ていました。

「あ、また観てる。じーちゃん、ほんと好きだな~」

と子供心に思うくらい、本当に母方の実家の「お茶の間の定番」でした。


ベン・ハー「水を渡すシーン」

ベン・ハーというと「戦車レース」が有名ですので「あのシーンだけでも観て欲しい!」と推される方は多くいます。

けれども前述の通り、祖父が大好きだと言ったのは「水を恵まれる」シーンであり、それが物語の大きなテーマや伏線になっています。

ベン・ハーの中で「水」にまつわるシーンは数回あります。


1回目 ■ 奴隷となったベン・ハーにイエスが水を差し出す。

2回目 ■ 奴隷だったベンハーに、アリウス提督が水を差し出す

3回目 ■ 「水を恵まれなければ良かった」とベン・ハーやさぐれる

4回目 ■ ゴルゴダの丘へ向かうイエスに、ベン・ハーが水を差し出す。

ベン・ハーは長編映画ですがこの「水をもらう、渡す」のシーンに着目すると、作品の見方が大きく変わります。

各回について詳しく解説しますね。


■1回目 水を恵まれるシーン

 メッサーラの裏切りにより、ガレー船の漕ぎ手送りにされたベン・ハーは、他の奴隷とともに鎖につながれ、太陽の光が燦々と降り注ぐ道を裸足で歩いて行きます。

 井戸のある小さな集落にたどりつくのですが、兵士がベン・ハーを見て「そいつには水をやるな!」と言い、彼から杓をぶんどるのです。

 あまりの喉の渇きで、ベン・ハーはその場に倒れてしまいます。すると一人の男が家の中から出てきて、倒れたベン・ハーに水をかけます。彼はそっとベン・ハーに、水を飲ませてあげるのでした。

 ベン・ハーに水を飲ませていることに気付いた兵士が「そいつには水をやるなと言ったぞ!」と男を非難するのですが、彼はすっくと立ち上がって、兵士を真正面から見据えます。

「無言の圧力」「無言の抵抗」「弱者を虐げることへの抗議」が描かれているのです。そこには一切のセリフはありません。

 兵士は、男の真っ直ぐな視線と目を合わせられずに、急に口を噤みます。あれだけ息巻いていた兵士は、結局は水を与えることを黙認し「謎の男」を何度も振り返りながら、その場を去っていくのです。

 ベン・ハーに水を与えたこの謎の男こそ、イエス・キリストなのですが、この映画ではイエスの背中を映すだけで、正面つまりは御顔を決して出さないのです。そしてイエスの「声」すらも出しません。

 映画監督は【ローマの休日】などでも知られるウィリアム・ワイラー氏。ベン・ハーは、【ローマの休日】の後に制作されました。

【ローマの休日】では、最後のシーンで、記者がカツンコツンと足音を響かせて去って行くシーンがとても有名ですよね。無駄なセリフがない。映像と音、シンプルな動作で、深く心に残るシーンを作り上げているのは、さすがと言えるでしょう。


■2回目 水を恵まれるシーン

 ガレー船の漕ぎ手送りにされたベン・ハーは、提督アリウスの目に留まり、不遇を経て培った強靱な肉体と精神力を認められます。

 ベン・ハーは、漕ぎ手の奴隷たちの中で、たった一人「足枷」を外されます。足枷は「海戦が始まって、漕ぎ手の奴隷たちが船から逃げ出さないように」と設けられたものでした。

「前にもこんな風に不思議なことがあった。水を恵まれて……」

 このベン・ハーのセリフが本当に重要です。

 やがて激しい海戦となり、船は沈没します。仲間の奴隷達の足枷を外すだけでなく、提督アリウスを助けたベン・ハー。その後、味方の船に助けられたアリウスは、部下から差し出された水を自分を助けてくれた奴隷のベン・ハーに渡すのです。

 提督アリウスは、奴隷のベン・ハーが飲んだあとに、同じ器で自分も水を飲むのでした。


■3回目 「水を恵まれなければ良かった」とベン・ハーやさぐれる

 宿敵メッサーラに復讐を果たしたベン・ハーですが、投獄されていた家族(母と妹)が不治の病におかされていることを知り、絶望に伏してしまいます。

 そんな折、丘の上に人々が列をなして集まっていく姿を目にします。その人々は、イエスの話を聞くために集まっていたのです。「一緒にお話を聞きに行こう」と誘われるベン・ハーですが、それを断ります。

 ベン・ハーのそばには川が流れていました。その水をすくって、ベン・ハーが一言こぼします。

「あの時、水を恵まれなければ良かった」

 ここで言う「あの時」とは、最初に水を与えられた時のことです。水を与えられてこうして生きているのですから「恩知らず」とも捉えられかねない一言なのですが、彼の心情を慮ると……

水を与えられ、生きのびたがゆえに、この苦悩を味わってしまった〟

という、賢明に命にしがみついたがゆえのベン・ハーの絶望が現れているセリフだと私は感じます。

 そして「水をくれた恩人」が丘の上にいることに、ベン・ハーは気付かずに、去ってしまいます。


■4回目 ベン・ハーが水を与えるシーン

ベン・ハーのクライマックスでは、十字架を抱えて、ゴルゴダの丘に向かうイエスと彼が遭遇するシーンが描かれています。

「あの人は……。あの時、水を与えてくれた人だ!」

 恩人が処刑されるとあって、彼は駆け出します。

「なぜあの人が処刑されなければならないのか」

 と問いを繰り返す、ベン・ハー。するとイエスが丘に向かう途中で横転していまいます。助けようとしたベン・ハーは、兵士に突き飛ばされてしまいますが、なんと彼の目の前には偶然「水飲み場と柄杓」がありました。

ベン・ハーは柄杓で水をすくうと、倒れたイエスの前に水を差し出します。それは「1回目」の水のやりとりのシーンの逆でした。

救われた人間が、恩に報いて、相手を救う。
隣人愛の一番大切なことを描いているシーンです。

ベン・ハーの差し出した柄杓は兵士に蹴り飛ばされてしまい、イエスは水に口をつけることなく、ゴルゴダの丘へと向かうことになるのでした。


亡き祖父が生前

「ベン・ハーでは、水のシーンに注目しなさい。人生で一番大切なことが描かれているからね」

と言った意味が、創作を始めた今になって分かります。ベン・ハーから多大な影響を受けた私は、キリスト教をモデルにした、教会が舞台の小説を書いてみたいと思うようになるのでした。この思い出が無ければ、筆を執ることはなかったでしょう。

いかがでしたでしょうか? ぜひぜひご視聴くださいませ。

以上、旭山リサの映画レビューでした!




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