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日本男子バスケの未来と福岡第一の過去

If you want to lift yourself up, you lift someone else up.
(自らを高めたいのなら、他の誰かを高めなさい。)

Booker T. Washington (ブッカー・T・ワシントン)

人を助けるんだ。人を助けるんだ。自分じゃない、人を助けるんだ。

井手口孝監督になりきる河村勇輝

この世に存在しない『スラムダンク』32巻(単行本)

今考えても辛かった中学受験の時期に、唯一私にとってのオアシスみたいな存在だったのが、伝説のバスケ漫画『スラムダンク』だった。中学からバスケ部に入った姉がその友達から借りてきたものをこっそり読ましてもらっていた。週に1巻ペースで読んでいたと思う。(こう考えてみれば、私のお笑い好きやバスケ好きは全て姉からの影響なのだな。。。姉は偉大だ。)楽しいはずのない受験勉強を「来週また『スラムダンク』の続きが読めるから、今週もアーニャ頑張る」的なノリでなんとかやっていた感じだったと思う。ところがである。

「え。あぁ、先週のが最終巻だよ。」

芥川龍之介の短編『トロッコ』の「われはもう帰んな。」が可愛く聞こえるぐらい、その姉の言葉は受験生の私にとっては残酷すぎて、簡単に私をどん底まで突き落とした。単行本32巻以降がこの世に全く存在しない事実と、もう花道と湘北チームの成長を見届けることができないという事実をしばらくの間どうしても受け入れることができなかった。
でも、バスケ愛にはしっかり火が付き、井上先生から「続きは自分で書きなさい」と言われたような気がしたという小さな嘘で自分を納得させ、直撃世代ではなかったものの、中学と高校の約6年間バスケにのめり込むことになった。

バスケとの長いお別れとその再会

最後にバスケの試合をちゃんと観てたのはいつになるだろうか。多分、2002年から2005年のNBAだったと思う。ポポビッチHC率いるスパーズに4連覇の夢は断たれたレイカーズが、カール・マローンとゲイリー・ペイトンを獲得し、コービーとシャックと合わせて4人でいわゆる「史上最強のチーム」を完成させた直後ぐらいからだったと思う。
そんな「史上最強のチーム」をあっけなく蹴散らしたデトロイト・ピストンズのバッド・ボーイズにくらった。特に、ビラップスとハミルトンに憧れ、高校時代は彼らのプレースタイルに影響を受けて練習していたと記憶している。結果として、ドリブルがあまり上手くない、重要な局面ではない場面でよくスリーの決まり、スクリーンを使ったのミドルジャンパーのバンクシュートがそこそこ入る、PG/SGみたいな中途半端な選手になってしまった。
大学に入ると、スポーツ自体に興味を持てなくなり、好きだったバスケットボールとも疎遠になっていった。高校バスケ、大学バスケや当時できたばっかりのBJリーグはおろか、NBAすらも見なくなっていた。知っているNBA選手も2003年のドラフト組であるレブロン、カーメロ、ウェイド、ボッシュぐらいで更新が止まっていた。
大学卒業する直前に、たまたま隣に座ったそのバーの常連客に「今、NBAとっても面白いの、ステフィンってシューターの子がNBAを変えるかもしれないのよ」って言われて、「レジー・ミラーとそのシューター、どっちがすごいんですかね」って聞いたら嫌な顔をされたのだけ覚えている。記録上という意味で、どちらがすごいかは後の歴史がはっきりと証明してしまった。
『華氏451』のファイアマンの手で燃えカスとなってしまった書物たちのように、平熱に戻っていた私のバスケ熱は、約15年ぶりにある動画を見てしまうことで再感染し重症化してしまった。そのきっかけとなったのが、そう、当時桜丘高校3年生だったあの富永啓生であった。
彼と同じ愛知県出身でケビン・ガーネット好きの大学時代の友達に勧められたのか、それとも動物のようにYoutubeでのおすすめ動画をクリックしてしまったのか、今となっては定かではないが、しかし、確かに2019年頃に、私は彼が2018年のウィンターカップで得点王になるまでの軌跡に見入った。流川のシュートの凄さを初めて分かり、そしてその後、流川のプレーを目で追うようになる桜木のように。
とにかく空いていたらどこからでも打つ、しかもはやく、そしてしなやかに。特に印象に残っているのが帝京長岡戦の約20mほどの長距離ブザービーター。解説者が「彼はあの距離を練習してるのでまぐれでもなんでもないです。距離と空間を把握する能力に長けている。」的なことを言っていたと思う。この青年の持つ、目に見えないボールを中心に、(日本バスケ界の)宇宙全体が回っていることを私は知っている、とすら思った。こんな怪物を止めれるはずない、と確信していた私の浅はかな独断を訂正してくれたのが、そう、福岡第一との出会いであった。

のけ者たちのための福岡第一バスケ

バスケットボールというスポーツは5人対5人で得点を競う競技である。基本的に1対1の5組のペアが存在するが、オフェンスでもディフェンスでも相手よりも多い人数の状態(数的優位な状況)、つまりズレ(差異)を作り出して得点する確率を上げる/下げることが勝利への近道となる。例えば、1対0の状況でのレイアップや、1対3の状況でのブロックなどを想像してもらえればわかりやすいと思う。だから、1on1は数ある選択肢の一つにしか過ぎない。それを流川に教えたのが仙道であり、改めて私にそれを思い出させてくれたのが福岡第一であった。
福岡第一戦の前半だけで31点を決めた富永は、後半は6点のみに抑えられた。後半の福岡第一は、井手口孝監督の采配通り、まずは富永にボールを持たせない、彼がボールを持ったら2人以上で止める、の2点を忠実にコート上で表現していた。福岡第一がオールコートプレスを行なっていたこともあって、前半とはまるで別人かのように富永は全くボールに触れない時間帯が増え、コート上で孤立していた。これは何かに似ている、と直観し私の頭の中のGoogleに聞いてみると、「あぁ、これはインテル時代のレコバだな」というのが1番しっくりきた。そこから、そのチームのスタイルである堅守速攻(堅い守りから速い攻めへ)を強みとする福岡第一を追っかけていくことになる。

福岡第一は、誰しもが認める高校バスケの超強豪校であるのは間違いない。日本一と言われるきつい練習とその量(オペレーション)、100人を超える部員数(人材)、そして井手口孝監督の特色のあるチーム作り(戦略)が一体となって高校バスケの名門校としての地位を築いているのだと思う。しかし、待ってくれ。なんでこんなことが可能なのかを冷静に考えてみてほしい。

練習はきついらしいけど、井手口監督のもとでバスケがしたい→わかる
井手口監督のもとでバスケがしたい人がたくさん集まる→ここまでわかる
5人しかコートに出れないのに100人以上の部員がいる→わからない

わからない、わからないのだ。なぜ他の強豪校のように1学年12人〜最大15人ぐらいの才能のある人材だけを選抜しないのか。そして、井手口監督のインタビューを読んでそのカラクリがわかった、福岡第一は「のけ者たちのOnce Again」型のチームなのだと。
まず、強豪校が欲しがって競合するような中学時代に活躍したスーパースターはまず福岡第一に来ないらしい。そして部員の中にはサイズやスキルで他の強豪校に行きたかったけど行けなかった子たちもいるらしい。そうやって他の強豪校から声の掛からなかった生徒たちを才能(サイズも含めて)や能力ではなく、バスケがやりたいという強い想いさえあれば入部させているのだろう。
そして、3年間にわたりみっちり鍛え上げることで生徒たちを変身させていくのである。田岡の言葉を借りれば、「バスケが好きなだけ?結構じゃないか。体力や技術を身につけさすことはできる だが お前にバスケを好きにさせることだけはできない。たとえおれがどんな名コーチでもな。りっぱな才能だ」と言ったところだろうか。
いまだに福岡第一的なバスケに対するバッシングも目にすることがある。機動力はあるがサイズのないガードと身長2mを超える圧倒的なフィジカルを持つ留学生プレーヤーの活躍を「玉入れ遊び」と揶揄して、留学生プレイヤーを使わないチームの方が偉いみたいなこと言って、まるで留学生を起用することをズルしているかのように批判している。(別の文脈の『第一批判』についてはこちら。)
そういう方にこそ、なぜサイズのある選手は他の強豪校に行き、なぜサイズのない選手は福岡第一に行きやすいのか、その構造についてもう一度考えてみてほしい。その上で勝つためには、より高いレベルで活躍するには、「りっぱな才能」であるサイズのある留学生の力が不可欠であったということなのである。
2017年のルール改訂があり、これまで4番から連番と決まっていた背番号が自由化になった。そしてそれをいち早く取り入れたのが福岡第一だったとどこかで聞いたことがある。おそらく1人1人の部員が自分の好きな番号で自分のユニフォームが作れたからなのでは?と勘繰ったりもする。100人以上もいる中だと自分を見失う機会も多くあるだろう、例えば、「試合も出れないのに何しているんだろう」とか、「福岡第一に来たのは間違っていたかもしれない」とか。でも、自分が自分であることを誇れるモノがあるからこそ、挫けずにまた明日も頑張ろうと思えたりする。だから、できるだけ多くの部員が自分の選んだ番号でユニフォームが作れるように、早め早めに背番号の自由化を活用したのではないだろうか。そして私はこう言いたい。これら福岡第一のスタイルが何も間違ってなかったことは、このオリンピックで河村勇輝の実力が世界にバレてしまったことが何よりの証拠である、と。

福岡第一的PGの系譜と無敗の河村勇輝

並里成、重冨兄弟、近年でいえばハーパー・ジャン・ローレンス・ジュニア、佐藤涼成、轟琉維、そして崎濱秀斗と福岡第一はこれまで素晴らしいPGを輩出してきた。ただ、河村勇輝はその中でも突き抜けていると評価していいだろう。私が福岡第一を贔屓するようになったのも彼の存在が大きい。最初に彼のプレーを見たのは、先ほども話題にした富永啓生率いる桜丘との試合だった。当時まだ2年生ながらスタメンだった河村(小川麻斗とクベマ・ジョセフ・スティーブも)は、1人だけ1.25倍速でコートを縦横無尽に走り回っていた。
全国制覇したスタメンが3人残ってるという山王工業を思わせる設定だったが、漫画とは異なり、河村が3年生となった翌年の全国大会を全て制覇し、見事3冠を獲得した。U18アジア選手権の日本代表に選ばれたために出場できなかった2018年のインターハイを除くと、彼は(高校2年からの)出場した全ての全国大会で優勝し5冠を達成したということになる。
特に印象に残っている試合はやっぱり2019年ウィンターカップでの福岡大濠とのいわゆる「福岡決戦」である。最後の大濠のオフェンスで、横地聖真が涙で前が見えない状況で打ったスリーが入ったところは最高に感動した。そこには、常に互いを意識し合い、切磋琢磨しながら1つしかない頂を互いに狙ってきたチーム同士だからこそ生まれる見えない友情みたいなものが感じられた。そして、ウィンターカップ福岡県予選での決勝カード(福岡の出場枠は2校なのでどちらも出場が確定していたわけだが。)が全国大会の決勝の舞台で再現されるという、物語の全てが詰まっていたシーンだった。(つまり福岡県予選の決勝は事実上の決勝戦だったわけだ。私は「事実上の決勝戦」という言葉に弱い。)完璧なシナリオだった。
そして、河村個人のプレーで印象に残っているのは準決勝の東山戦だろう。当時2年生だった東山の米須玲音の巧みなゲームコントロールにより、12点もビハインドで前半を折り返す福岡第一だったが、内尾聡理の良いディフェンスを中心に徐々に流れを引き戻す。そして3Q残り2分で逆転に成功し引き離しかけたに思われた、11点差あったリードも4Q残り1分で6点差まで詰められてきたところでの、米須との1on1からの試合を決めるスリー。試合中は常に冷静な河村が唯一雄叫びをあげ、喜びを爆発させていたのを今でも覚えている。逆に、そこまで東山が王者・福岡第一を追い込んでいたのかの証でもあった。あ、ということで、東山さん、インターハイ初優勝おめでとうございます。

試合終了の合図とまた次のティップオフ

とにかくアメトーークの「高校野球大好き芸人」の面白さがよくわからなかった。特に高校生のケツを追いかけていると自慢げに話す当時の(つまり「明太マヨ最強説」の時だけ面白い)渡部建が鼻についた。今は、わかる。そこに出ていた芸人たちの気持ちと、渡部建の気持ちも。(「アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組」、いつも楽しく見てます。)
高校バスケを見始めると、今度は大学バスケを見始めるようになる。大学バスケを見始めるとBリーグを見始めるようになる。Bリーグを見始めると、日本代表を見始めるようになる。日本代表を見始めると、、、というように沼である。
そんな中で若手の選手、特に高校から見てきたような選手が日本代表に選出されるとなんだか嬉しい気分になる。木林優、小川敦也、ジュニア、山﨑一渉、湧川颯斗、川島悠翔、渡辺伶音、崎濱秀斗、瀬川琉久、平良宗龍のうち何人かがロス五輪の日本代表に選ばれているといいな。
本来、この記事は福岡インターハイの始まる今週の日曜日か、遅くともシード校である福岡第一が初戦を迎える月曜日には仕上げる予定だった原稿である。それが、パリオリンピックの準々決勝が火曜日にあったことで執筆に時間が割けなかったことと、福岡第一と福岡大濠がベスト4まで順調に勝ち上がったのを見てて、「まさか、福岡でのインターハイで『福岡決戦』が行われるのでは?」と淡い期待をしていると、どちらも準決勝で敗退してしまった。
そんな失意の中で行われたのが、みんなが待ちに待った「アベンジャーズVSジョーカー」の対決。ジョーカーはいつもヒーローたちを追い詰めるんだけど、最後はどうして負けてしまうのだろうか。そして、昨日はインターハイの決勝で、見事東山が悲願の初優勝を成し遂げた。そして、今日、「アベンジャーズVSエイリアン」が公開される。
アベンジャーズVSジョーカー、インターハイ決勝、アベンジャーズVSエイリアンで私たちの夏は終わり(と思ったが今日から12日までWUBSこと世界大学バスケもあるのか!)、そして私たちはオータムリーグのティップオフを待つ。試合終了の合図の後、インターバルを挟んで次の試合のティップオフが行われる。また新しい眩暈が私たちを待っている。

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