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小説 電子禁煙

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記事一覧

小説 電子禁煙 最終章 復讐と呼応

小説 電子禁煙 最終章 復讐と呼応

 退職してサラリーマンという肩書を失い、退職の目的であったアプリ開発は法律によって禁止され、アプリがなければログの解析も必要なくなり、24時間ひっきりなしに届いていた苦情要望罵倒のメールも当然来なくなった。アプリのために人生の舵を大きく切り、アプリのための生活をし、アプリのために喜怒哀楽を発生させていたのに、もうアプリとは関係がなくなった。それによって、いつしか何者でもなくなったシメジの手元には巨

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小説 電子禁煙 第八章 個人と国家

 日暮れとともに降り始めた雨は雨脚を強め、北風とともに窓に打ちける横殴りの雨となり、暴風雨の雨天の夜であった。大粒の雨の雨音のせいで、そして、発達した雷雲に光る雷の爆裂音のせいでテレビの音は聞こえず、初老のスジガネはテレビのボリュームを何度か大きくし、テレビのスピーカーから発せられる音はそれに合わせて大きくなり、拮抗する雨とテレビの音が部屋を満たした。
 スジガネは先ほどから夕食の箸を止めて、テレ

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小説 電子禁煙 第七章 退職と引継

 世の中の働く人たちがなぜ働くかというとそれは働かないと生きてゆけないからであり、生きるとは、食べたり、住んだり、着たりすることであり、そういうことをするにはお金が必要になるので、お金を手に入れるためには働かないといけないということになる。だから、日々、虚空を見つめ、何の仕事も与えられず、やりがいなどという言葉とは無縁の販売促進部の皆であっても、働いているふりをして、給料という名のお金を手に入れて

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小説 電子禁煙 第六章 不正と処罰

小説 電子禁煙 第六章 不正と処罰

 アプリの急激な普及、配信停止と解除、アップデートに対する賛否両論、ネットでの殺害予告など、短い期間に起こった多くの騒動を、アプリ開発者として、自分の事として経験してきたシメジであったが、しかし毎日は他のサラリーマンと同じように満員の通勤電車に揺られる生活を繰り返していた。

 その日もいつものように出社したシメジは、いつものようにバッグをデスクの下に置き、いつものようにパソコンを起動し、いつもの

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小説 電子禁煙 第五章 進化と欲求

小説 電子禁煙 第五章 進化と欲求

 光の明滅と超音波を組み合わせることで、脳に強制的に興奮物質を分泌させ、人類を気持ちよくさせるという恐ろしい仕組みを、自分が勤める会社のデータベースから盗み出した技術を用いて、スマホアプリとして再発明したシメジであったが、この技術にはまだ改良の余地があるのではないかと感じ始めていた。有効なパターンはあの研究資料にあった一種類だけではなく、より強い興奮と快楽を与えるような別種のパターンがあるはずだと

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小説 電子禁煙 第四章 電話と亡霊

小説 電子禁煙 第四章 電話と亡霊

「お電話ありがとうございます。NTお客様センター、ソテイでございます」デスクで電話を取り続けるだけの毎日。通話が終われば、また次の電話が鳴る。その繰り返し。それを繰り返す。
 NTに入社以来、ソテイはコールセンター部門ひとすじで、数えきれないほどの問い合わせに対応し続けてきた。コールセンター部門という部署はは、華々しさとは無縁で地味な存在に思われがちだが、しかし実際には社内でもトップクラスの多忙さ

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小説 電子禁煙 第三章 原因と結果

小説 電子禁煙 第三章 原因と結果

 煙草の売り上げというのは、たばこ税が増税になる前後で、駆け込み需要による急上昇と、その反動による急落をし、その後は増税を期に禁煙する人がいるせいで、結果としてはやや減少となる。しかし、これは長期的な視点で見た場合の、例外的な変動であり、逆を言えば、通常は、一年を通してほぼ横ばいの売り上げを保つ。季節や気候、行事、イベント、社会情勢、メディア、景気、流行などによって極端に売り上げが上下することがあ

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小説 電子禁煙 第二章 視覚と聴覚

小説 電子禁煙 第二章 視覚と聴覚

 有給休暇の朝、シメジは夜明けとともに起きた。そして、洗面台へ行くよりもまず先に窓を開けて、外は期待通りに快晴の空、清々しいキャンプ日和だ。
 シメジはここ最近、一人キャンプにハマっており、気分転換したい時には朝から車を走らせ、キャンプ場で一人のんびりと過ごすのだった。流行に乗っかるのはあまり好きではないシメジであったが、やってみたら存外これが楽しくて、それ以来、テントや道具を少しずつ買い足しては

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小説 電子禁煙 第一章 挫折と復活

 今から40年前、この国では煙草の製造販売に関する法律が改正され、それまで国営企業だったタバコ公社がナショナルタバコ(NT)として民営化された。この法律改正によって、他の民間企業の参入も可能となったが、最低生産量の制限や手続き上の複雑さなどを理由に、どの企業も二の足を踏み、新規参入する企業は現れなかった。特に生産量に関しては、参入初年度から当時のNTの生産量の40%近い量を確保する必要があり、これ

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