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明け方4時の公園で

その頃私は、我が人生始まって以来の絶望の最中にいた。
たしか、夏だった。
明け方4時の公園に、私はいた。
ベンチがあるのに、ブランコに乗ってゆらゆらと揺られていたかった。
絶望している時、なぜ人はほんのり揺られたいのだろう。

後先のことなんて考えたって仕方ない。
一寸先は闇。先に何が待つのか、何が起きるのかなんて本当の意味では分かりっこない。
そんな気持ちで飛び込んだ結婚生活だったが、まさか直後に夫が精神的に参り、働けなくなるなんて思ってもみなかった。

夫は自分に絶望していた。
一目ぼれの末ようやく口説き落としての結婚だったものだから、私を絶対に幸せにしなければという強い思いがあったようで、だからこそ激しく自分に失望していた。
働きたいのに体が動かない。
あの頃夫は昼も夜もない、ひたすら真っ暗な闇の中にいた。

急遽駆け付けた夫の両親が私たちを連れ帰ってくれ、そこからなし崩し的に同居生活が始まった。

時に嵐のように荒れ狂う夫に24時間体制で対峙しながら私はどんどん疲弊していった。

結婚…失敗したな…
数百回、いや数千回は繰り返し思った。
結婚式しちゃったし、せめて一年だけは我慢しなければ。
専業主婦になってのんびり生活したかったなぁ。

とりとめもなく思考が流れていく。


夫に対する同情と、怒り、自分に対する憐憫の感情に私の心は秒ごとに振れ続け、落ち着く瞬間がなかった。

暗い目をして泣いている夫を見ると深く同情し、優しい気持ちになる。
夫の調子が上がり、彼の心に余裕が出来ると、これまで耐え続けていた私の我慢が怒りに変わり、夫に向かってしまう。
私の怒りを敏感に感じ取り夫が再び暗くなる。

アウトオブコントロール。
地獄のループから抜け出せないまま時間だけが過ぎていった。


うつ状態の人を責めてはなりません。

そんなこと言われても人は神や仏にはなれない。無理なもんは無理。私は本で読んで得た知識を早々に諦め手放していた。

私は自分に出来ることしか出来ない。
それは諦めだったのか開き直りだったのか。

結局私は夫の状態がどうであれ、彼に真っ向から対峙するという方法でしか向き合えなかった。
夫が大声を出せば私も夫を超える大声で返すし、彼の暴れっぷりに家族みんなが怖気づいても私は身一つで「おう!殴れるもんなら殴ってみぃ!」と最前線に出て行った。

ちなみに夫の名誉のために言っていくが、彼はどんなに大荒れして部屋のテーブルをひっくり返そうとも、私や家族に手を上げることが絶対になかった。本来仏もびっくりの穏やかで優しい男なのである。

だから、どんなに荒れた夫を目にしても全然怖くはなかった。むしろちょっと舐めた態度で逆に夫の怒りを煽ることすらあった。すまんね、あの時の夫。


彼と対極の性格である私はストレスがたまると、事前に(無理矢理)了承を得たうえで、夫の腹に重い正拳突きをお見舞いしていたし、怒りに任せて便器を蹴り上げ自分の足に青あざを作ってしまうほどの情熱やさんである。

とにもかくにもあの頃の私たち家族には、昼も夜もなかった。
朝日が昇ろうが一日はスタートしなかったし、夜のとばりが下りようと一日は終了しなかった。
ずーーーっと続いていく悪夢のように長い長い一日を生きていた。

ある日、私はぼんやりとした頭で静かに家を抜け出した。
明け方の4時前だった。
たしか、夏だった。
周囲はほの暗く、人の気配は一切ない。
カラスの鳴き声を聞きながら、昼間車が行きかう道路の真ん中を歩いて近所の公園に向かった。

ベンチに座るよりもブランコに座ってゆらゆらと揺られていたかった。
ゆらゆらしながら、なぜ人は落ち込むとブランコに座りたがるのだろうと考えていた。

人がブランコで揺られたがる理由。

それは、多分赤ちゃんの頃の記憶によるものではないかと私はにらんでいる。
この世の全ての悪いものから守られていたあの頃、私たちは親の腕の中で何度も何度も繰り返し優しく揺らされていたはずだ。
あの心からのくつろぎと安心を、大人になって傷ついた時、人はブランコに乗ることで得ようとしているのだ。多分…知らんけど。



途中ブランコを限界まで高く漕いで空とお友達になったり(この表現の病みっぷりがなんかすごい)、人目がないことをいいことに子供用の遊具を片っ端から試してみたりした。
ずっと以前から、もう一度だけでいいからやってみたいという野望があった、ターザンロープも堪能した。

明け方4時の公園で、アラサーがターザンロープで猿になる。
久しぶりに猿になった喜びと興奮でほくそ笑む私。
ターザンロープからのそのそとブランコに戻りながら、私は冷静に、自分結構まだまだ元気じゃんと、自身の心の強靭さに恐れおののき、なんとなく自分への自信を取り戻した。


あの朝、ようやく私たち家族の夜は明け始めたのかもしれない。


そんな明け方4時の公園での話。



追伸。今じゃすっかり楽しく生きてるよ。あの時の私と夫、お疲れ!

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