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『君の物語』全40話

40
猫と暮らした日々を小さなピースに切り取り、パッチワークのように並べました。
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#猫のいるしあわせ

君の物語 10   一緒に行こう

君の物語 10 一緒に行こう

私は朝にとことん弱い。
もう、ボロクソに弱い。
しかし!
どんなに弱くても、みんなの朝食を作るために起きねばならない。

アラームを切って、泥沼から這い上がるように渾身の力を込めて起き上がる。
ふらふらしながら戸口へ向かうと、ルゥがそこで私を待っていることがある。
キッチンまで一緒に行くために。
もしかしたら早朝パトロールを中断して迎えに来てくれてるのかもしれない。

階段を数段降りるごとに振り返

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君の物語 11   心の内側

君の物語 11 心の内側

ルゥが来たばかりの頃、私たちはルゥの表情も読めなくて、気持ちを推し量ることができなかった。
ムギが「仲良くなりたいのに何を考えてるのかわからない。ルゥのことを知りたいのに。」と言って泣いたことがある。
夫が「大丈夫だよ。だんだんわかり合えるようになるよ。」と慰めていた。
かつて犬と一緒に暮らしていたことがあるという夫の言葉には信憑性があり、ムギも気を取り直した。

実際に、日々生活を共にしていると

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君の物語 12   贈り物とか戦利品とか

君の物語 12 贈り物とか戦利品とか

猫は飼い主に、捕まえたネズミなんかを持ってくることがあるというけれどー

ある昼下がり。
唐突に現れた子猫のルゥは、里芋が入った小鉢(ラップしてる)をくわえて意気揚々とやってきた。
なぜに里芋⁉︎  
なぜに小鉢⁉︎
確かにキッチンのテーブルに置いたままだったけど、あんな運びにくそうなものをチョイスするとは思いもよらず…

小ぶりとはいえ重いし、ツルツルした瀬戸物を上階まで咥えて運ぶのは、子猫には

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君の物語 13   後頭部

君の物語 13 後頭部

ルゥの後頭部には基本、哀愁が漂っている。
窓から外を眺めている時も、コハクとムギをじっと見ている時も、ストーブで温まっているときも。

そしてお腹が空いている時も。

用事が多くて慌ただしい夕方。
バタバタしながら通りかかってハッとすることがある。
空っぽなお皿の前で、ルゥがじっとうなだれて座っているではありませんか!
哀愁の漂った後頭部をこちらに向けて。
その後ろ姿の切ないこと。

いったいいつ

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君の物語 15  引っ掻き傷

君の物語 15 引っ掻き傷

ルゥと戯れているムギを見て、気づくことがある。
私「あ、血が出てるよ。」
ムギ「うん。」
 「ひっかかれたの?」
 「うん。」
ルゥから目を離さず、笑顔で返事する。

 「痛くないの?」
 「痛いよ。」
言葉とは裏腹に、笑顔を崩さない。

私ならひっかかれた瞬間はどうしても「うっ」とか声を出してしまうし、ビクッとなる。
けどムギはそれが全くない。

ルゥとよく戯れている(おもちゃを使うのではなく、

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君の物語 16  テルミンの反撃

君の物語 16 テルミンの反撃

棚やテーブル、机の上にあるものを片っ端から下に落とすのも、きっと猫にはよくある行動なんだろう。
小さな手でちょいちょいと寄せていく様は可愛い。

小さい文房具なんかは簡単に落とせるけど、時々苦労していることもある。文庫本とか濡れた布巾とか。
どっしりした電卓を落としたときは、鼻息荒く勝ち誇って悠々と去っていった。
〈勝ったんだね〉と見送る。

今回は長いことガリガリ頑張っていた。何を苦戦しているん

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君の物語 17   台所の憂鬱

君の物語 17 台所の憂鬱

台所に立つ時間帯は朝にしろ夕にしろ、だいたいしんどい。
早朝は起きるだけでも気力を奥底から振り絞らなくてはならないし、夕暮れは疲れている。
料理の途中で気分が悪くなってしまったり、包丁を置いてその場にうずくまることも。

うずくまっていると、ルゥがどこからともなくやってくることがある。
静かに近づいてきて、トンと体を寄せてくる。その温もりと体重が、なんとも心地良い。
黙って身を預けてくるルゥの温か

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君の物語 18   外猫かもしれない

君の物語 18 外猫かもしれない

ルゥが来て1年くらい経った頃の話。
夜も更け、雨戸のシャッターを閉めようと半分まで下ろしたところで、庭の暗がりに1匹の猫が座っているのが目に入った。
じっとこちらを見ている。

見覚えのある猫だ。

というか、ルゥじゃないか?
完全室内飼いのはずなのに、なぜ庭に?
驚かさないよう静かにそっと、窓を広く開けた。

暗くてはっきりと見えないけど、ルゥだよね?
た、たぶん、ルゥ‥だよね?
なにしろよくい

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君の物語 19大事なお知らせ

君の物語 19大事なお知らせ

ルゥは大きい方の用を足す時、必ず私を呼びつける。
夜中なら起こすし、料理中なら台所まで呼びにくる。お風呂掃除している真っ最中でも、ちゃんと私を探し出す。
お腹が空いても要求してこないのに。
おそらく、彼にとっては空腹を上回るほど大事なことなんだろう。

なぜ私を呼ぶかというと、トイレ用スコップで受け止めてもらうためだ。
始めたのは夫。
トイレに流せる猫砂のはずなのに、実際に流したら詰まってしまった

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君の物語 20   真夏真夜中

君の物語 20 真夏真夜中

猫も夏バテすることを知った。

食欲が落ちたときにまず試みるのは、手のひらにカリカリを置いて差し出してみること。
これで食べてくれることがある。
教えてくれたのはコハクだ。

それでも効果がない時はカリカリにウェットタイプを混ぜる。だいたいこれで食べてくれる。

ある夜、寝ていてハッと目覚めた。すると、ルゥが頭上から黙って私を見下ろしていた。どうやら無言の圧で起こされたようだ。(高度な技)
飛び起

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君の物語 21   世話のかかる奴

君の物語 21 世話のかかる奴

憂鬱に追われながら台所に立つ夕暮れ。
思わず背後のソファにすがりたくなる。運が良ければ、くつろぎながら外を眺めているルゥがいるから。

近づいて跪き、手を添えて伺いを立てる。ちらっと私を一べつしてそのままでいてくれたら「いいよ」の合図。
…たぶん。

香ばしい肉球を嗅いでから、温かく柔らかい横腹に頬を寄せる。滑らかで美しい毛並みに掌を埋め、じっと温もりを感じさせてもらう。
普段は触らせてくれないく

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君の物語 22   選ばれし者

君の物語 22 選ばれし者

食事や飲み水、トイレの様子を把握するのは、体調管理に欠かせない。
いつもより食べる量が少なかったり
あまり水を飲まなかったりすると、心配になる。なかなかトイレに行かない時も心配になる。

ルゥの体調で気になることがあったら、まずムギに相談する。
毛並みの状態、目の色、鼻の濡れ具合、肉球の状態など細かいところ、私では気づかない小さな違和感にムギなら気付く。
それだけ普段のルゥを把握しているということ

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君の物語 23   真顔

君の物語 23 真顔

ルゥはいつも、真顔で挨拶する。

廊下などですれ違うとき。
部屋に入ってくるとき。
ムギのはだけた布団を直しているときは枕元から、またはムギの椅子から半身起き上がって〈ニャッ〉と声を掛けてくる。

最初はそのキリリとした顔に〈何故か知らねど怒られている?〉と思っていた。「僕のムギに何をする!」と咎められているのかと。

でも、コハクとムギが教えてくれた。
それは挨拶してるんだと。
大真面目に。

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君の物語 24   待つ

君の物語 24 待つ

ムギが外出すると、ルゥは玄関でしばらく鳴いている。
〈アオ〜ン、アオ〜ン〉と大きな声で鳴きながら、玄関をうろうろ。

見ているこっちが切なくなる。
元気を出してほしくて猫じゃらしを手に近寄っても無視される。
話しかけても無視される。
頭や背中を撫でようとすると、身をよじって拒否される。

そうか、そうか。
またあとで。

静かになり時間が経ったところで様子を見に行くと、玄関のドアをじっと見つめなが

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