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記事一覧
わたしという誰かの演劇_016
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし なにを言おうとしていたのか、今日も忘れてしまった、そんなものはじめからなかったのかもしれないし、あったとしてもわたしはすでにしゃべりはじめてしまったので、言おうとしていたこととは関係なくわたしの話はつづきます、発された言葉の持つイメージや語感、それ自体が動力となって、滑るように、転がるように、知らない場所へとわたしたちを運んでいく、言葉は乗りも
わたしという誰かの演劇_015
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし 多摩川をずうっと下っていくと羽田空港に着きます、自転車を買っていちばん遠出したのってあのときかもしれない、その日わたしは多摩川沿いの道をひたすらクロスバイクで走りました、クロスバイクってロードバイクほど本格的ではない街乗り用の、でもタイヤも細くてサドルも硬くてかなり前傾姿勢にならないと乗れないっていう、そういう自転車なんですけど、よく晴れた春の
わたしという誰かの演劇_014
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし 無傷の鹿が走り抜けていった、わたしはかまえていた銃を下ろし、梢をかすめて差し込む光がさっきまで鹿のいた場所をふちどるのを、ぼんやりと眺めていました、今日はもう帰ろう、そう思ってわたしは山を下り、田園都市線で渋谷へ、スクランブル交差点の信号が変わるのを待っているあいだに目にした向かいのビルの大型ビジョン、その中に広がった森の奥に、見憶えのある鹿の
わたしという誰かの演劇_013
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし 中学校に入るとき、父に腕時計を買ってもらいました、わたしその時計をまだつけています、ガラスに引っかいたような傷がついているのは中学生のころにはもうそうだったから慣れてしまったし、それなりに雑に扱ってもいいやって思えているのはそれもひとつの理由で、だからこそずっとつけていられるのかもしれない、シルバーのシンプルな腕時計、これから中学生になる自分の
わたしという誰かの演劇_012
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし 明日のパンを買いに行こう、朝食べるパンを、そう思って夜ちょっとコンビニまで歩いた、今日はなにを書こうかな、書くべきことなんてないな、それなのになんでなにか書きたいと思っているんだろう、小説家にでもなりたいんだったらもうちょっと別のものを書くんじゃないかな、って、駅までの道を歩きながら思った、駅までのいつもの道の途中にコンビニはある、セブンイレブ
わたしという誰かの演劇_011
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし 魂のかたちって考えたことありますか、魂のありかとか、魂があるとかないとかじゃなくて、魂のかたち、魂にかたちなんてあるのかないのか、って、またそうやって考えはじめちゃうといっこうに考えることができませんね、魂のかたちのこと、地球も丸いし太陽も丸いし、魂も丸いって感じでイメージしてたんですけどわたしはいままで、「丸い」っていうか「球」ですね、魂は球
わたしという誰かの演劇_010
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし ハロー、アイキャントスピークジャパニーズ、わたしは日本語がしゃべれません、でもいまどうですかこれ、日本語をしゃべっているように聞こえませんか、聞こえますよね、ハローハロー、わたしは英語であなたに語りかけています、「わたしは英語であなたに語りかけています」って英語で言っています、演劇って便利ですよね、日本語をしゃべっていても日本語以外をしゃべって
わたしという誰かの演劇_009
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし 腕の中の子犬の真っ白い毛をなでる、眠そうな目、まぶたが落ちそうで落ちなくて、落ちそうで落ちなくて、落ちて、テレビを見てたら彼はもう眠っていた、数式の並ぶ紙に目を落とす、設問の意味すらわからなくて、たぶんわたしは卒業できない、数学できない、留年したくない、でもいいんだ、わたしはこの学校2回目だから、一度は出てるから2回も出る必要ないってわかってい
わたしという誰かの演劇_008
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし こんなに長くひとりでしゃべるのってはじめてです、毎日毎日、書いていて、しゃべっていて思うのは、いまこうして、かろうじて言葉をつないでいるあいだ、わたしの中ではいくつかの思考のラインが同時に走っていて、クルマが車線変更するみたいにそのラインを乗り換えていく、ときにはUターンしたり、いきなりワープして全然知らないところに出てみたり、全然知らないとこ
わたしという誰かの演劇_007
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし 映画の中に出てくる宇宙服ってわたし好きなんです、身動きとりづらそうな寸胴のシルエット、生命維持装置、ガラス越しに見る星々、仲間がそばにいても通信機を使わなければ声も届かない、ああこれはわたしたちの姿だなって思いませんか、少なくとも、わたしの姿だとは思う、ああ帰ったら湯船に浸かりたい、それまでは宇宙船につながれてふわふわするしかやることない、いや
わたしという誰かの演劇_006
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし あるとき急に壊れませんか、洗濯ばさみって、昨日まで普通に使えていたのに今日いざタオルを挟もうと思ったら、手の中でバッキバキ、なんですかあれ、困るな、破片もどっかに飛んでくし、日頃の蓄積ってことなんですかね、日光ってそれくらいダメージ与えてるってことですよね、常日頃、気づかぬうちに、木とか大丈夫なんですかね、生きてるから大丈夫か、自分で自分を再生
わたしという誰かの演劇_005
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし 筋肉ってほんとうに裏切らないんですかね、裏切ると思うんですよわたしは、裏切ってくれたらいいなって思ってて、なんでかっていうとやっぱり裏切りって大事ですよ、裏切りのないストーリーなんて退屈じゃないですか、思った通りに全部進んだらそんなのって見てられないですよね、見てられなくてもいいかもしれないですね、筋肉は、別に見てる必要ないか、見てる必要ないく
わたしという誰かの演劇_004
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし シンガーソングライターじゃないから、思いを歌にのせて届けたりできないんですよねわたし、残念です、言葉で物語紡いじゃおうかな、って、小説家でも劇作家でもないんでできないんですよね、残念ながら、そう思ってた時期もありました、が、いざはじめてみてしまえば、なんてことないですね演劇、演劇ですけどこれわたし、シンガーソングライティングだとも思ってますから
わたしという誰かの演劇_003
わたしのいるところで、演劇がはじまる。
わたし 創業者一族、って力強い言葉ですよね、わたしは創業者一族じゃありません、わたしの父はサラリーマンです、もう引退しちゃったから「でした」のほうが正確ですけどね、創業者っていうからには創業してなきゃいけないわけですよね、家族の誰かが、会社かなにかを、あ、いやこれ、創業者一族の話ですけど、わたしの話じゃなくて、いいですか、創業者一族の話をしても、力強