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家で食べる亜細亜のカレーラーメン

「あちゃー、衝動買いしちゃったかも」霜月もみじが、買い物からの帰りに後悔した。いつも行く近所のスーパーは、いわゆる全国的なチェーン店ではなく小さな地域の店。
 彼女が住んでいる町とその周辺にだけ店が10ほどある。そこでは定期的にフェアーを実施していて、珍しいものが激安で手に入るのだ。この日、もみじは偶然行われていた「タイフェアー」の商品と遭遇。衝動的に駆ったのがタイレッドカレーのレトルトである。

「娘のおやつ買おうと思ったのに、何でこんなの買ったのかしら。それもレトルト。それも3個入りセットって」かといって、そのまま返品しようとは思わない。
 そのままず家に帰ると、今日は休みだった夫の秋夫が相撲の中継を見ていた。

「おう、お帰り。ちょうど取り組みが終わって、弓取り式やっているぞ」相撲ファンの秋夫は、ひいきの力士が勝ったらしくご機嫌だ。
「ねえ、ちょっとおもしろいものを安いから買っちゃった」もみじは、おそるおそる秋夫に、タイカレーの箱を見せる。
「うん、お、タイカレーか。珍しいのっていいねえ」秋夫がうれしそうなので、もみじは胸をなでおろした。
「じゃあ今日、タイカレーでいい」「あ、ああ」と言いながら、買ってきたばかりのレトルトの箱を興味深く眺める。
「お、そうだ。あれ作ろうか」「へ? あれって」
 もみじの反応をスルーした秋夫は、立ち上がるとキッチンの戸棚を開けた。「あった、これだ」「これって?」
「ああ、インスタントの焼きそば。これとタイカレーを使って、俺が作ってやるよ」

「え、タイカレーと焼きそばって。え? なんかすごいもの作ろうとしてる」夫のあまりにも意外なことを言うためにもみじは目を大きく見開いた。
「おまえ、絶対勘違いしてるだろ。焼きそばは麺しか使わんぞ。ソースとか薬味は捨てる」
「え、麺だけ あ、カレーラーメンか」「そう、ピンポーン!」と軽快に答える秋夫。最初にカップの焼きそばふたつにお湯を入れる。
「あと、油に火をつけてくれないか」「あ、あ、油? 何するの」
「ああ今お湯で、インスタントの麺を戻しているじゃないか。その一部を油で揚げるんだ」「あああ、え、それって!」ここでもみじは頭の中でひらめいた。

「思い出したか」「カオソーイ!」
「そう、結婚する前に行ったよな。チェンマイ。そこで食べた名物麺だ」「うん、北タイ。旧市街の城壁の雰囲気は、バンコクより好きだわ」
「おう、ターベ門だっけ。旧市街の入り口の城壁」
「それもだけど、それ以上に私は郊外のドイステープ山の記憶が懐かしいわ」もみじは懐かしそうに遠くに視線を置きながら、揚げ物の準備をする。

「さてと」秋夫はラーメンと同時に鍋にお湯を沸かしていた。沸騰したところを確認して、箱からレトルトの袋を取り出す。
 シルバーが天井の電球に反射して明るく輝くレトルトの袋をそのまま鍋に入れる。まるで温泉に入っているかのようにレトルトの容器が、そこから泡が噴き出る熱湯の中に沈んでいった。
「で、これだ」と次に焼きそばの容器に入っているお湯を、 湯出し口からお湯を出していく。湯出し口から出ようとする一部の麺を箸を使って食い止める明夫。その間もみじはカレーラーメンを入れる大きな容器を用意した。

 すべての湯切りが終わったふたつのカップ焼きそば。秋夫が指示するように4分の1だけを取り出すと、残りは大きなどんぶりに入れた。 
 そして取り出した麺をそのまま十分に加熱した油に入れる。ところがここでミスをした。湯切りを済ませたといっても少し水分が麺に付着していたのだ。そのため油に入れた瞬間、水と油のハレーションが一斉に起こる。「ち、ちょっと!」
 慌てて油から離れるもみじ。秋夫も少し距離を置いた。そこでは鍋の外に向かっても飛んでくるお湯と油。両社は激しく反応し、犬猿の仲が競い合うように跳ね合う。十数秒後ようやく麺に含まれた水分が弾け飛んだのか、弾ける音が収まっていく。

「うぁあ、こわ!」「次やるときは麺の水切りをペーパーでしっかりやらないといけないな。うん、勉強になった」
 しばらくして、油の中に入れた麺は固く挙げられている。それをとりだして、油切パッドの上に置く。

 そして鍋の湯で温めていた、レッドカレーのレトルト袋。こちらも鍋から取り出し、シルバーのボティーの上部にある切り身に指を置く。そのまま反対方向に引っ張れば、あっけなくレトルトの口が開くのだ。
 開いたレトルトの口からは十分に温まったタイのレッドカレー。赤身がかった、スープカレーのようなサラリとしたカレーの液体を麺の入ったどんぶりに入れる。
 白い湯気と共に花に通じるレッドカレーのアロマは亜細亜の風そのもの。そしてその上にさきほどの揚げ麺を乗せると、レトルトとインスタントのコラボで、北タイの味「カオソーイ(ข้าวซอย)」が完成した。

カオソーイ

「あ、レモン、紫玉ねぎ、えっと。あ、やったぁ」「何?」「パクチー。これがあれば本格的よ」もみじは冷蔵庫からこれらの食材を取り出すと、さっと洗って包丁で食べやすく切り裂いていく。

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「はい、できました」「うん、いやあ懐かしいな。タイの空気が感じられる」「今は寒いのになんかフルーツの香りが漂う南国に来たみたい」

「いただきまーす」と言ってカオソーイを食べ始めるふたり。「うん、レトルトだけど本格的」「うわぁよかった。衝動買いした買いがあったわ」ふたりは嬉しそうに平らげていく。

「でもインスタントの焼きそばの麺って、ちょっと白っぽいね。向こうは黄色い中華麺だったけど」
「うーん、それを言ったらちょっとダラットしているかな。もう少し水分があったほうがいいな」
「そうね、もし次作るときは中華麺買ってこようか。そうだな。カレーのスープも麺のゆで汁を加えるとか調整しながらやろう」その後はしばらくふたりは黙々食べる。気が付けば半分以上平らげていた。

「お、そうだカオソーイってラオスにも同じ名前の料理があるけど、これとは違うんだなあ」上機嫌の秋夫は蘊蓄を語り出す。
「違うって」「何かね。カレーラーメンじゃなくて肉みそみたいなのが乗っているんだ。麺はフォーかなあ。平べったいコメの麺」
「へえ、それ知らない。何で知っているの?」
「え? ああ職場の人間にラオスに詳しいのがいてそいつからきいた」と言いつつなぜか目を白黒とさせる秋夫。
 もみじは少し不審に感じたが、直後にそれを超越する事件が発生した。

「ねえ、お腹すいた!」と隣の部屋で寝ていたひとり娘の楓(かえで)が、目をこすりながら起きてきたのだ。あまりにも珍しいことをしたために、あろうことか大切な娘のことを忘れてしまったふたり。お互い目を合わせながら。ゆっくりと楓のほうを見る」

「あ、か。楓のごはん... ... これ無理かな」
「うん、この子まだ保育園通ってるし。こんなスパイシーなのはね。楓ちゃんちょっと待ってね」もみじは立ち上がって、冷蔵庫を漁りだす。「え、どうしよう。マジでやばい!」
「おいわかった! 俺が変なことしたからこうなった。ちょっとそこのコンビニで、楓が食べられそうなもの買ってくる」と、慌てて玄関に向かう秋夫だった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 357

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