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ウァレンティヌス ~バレンタインデーの元となる恋人たちの守護聖人~

「もし神が許されるなら、この方が明日処刑されずに奇跡的に助かりますように」
 深夜の監獄を見張る看守は、指を組んで収監されているある人物に対してこのように祈った。
 ここは西暦269年2月13日の夜。古代ローマ帝国内のある監獄にいたのは、キリスト教の司祭ウァレンティヌスという人物である。
「気にするな。その必要はない」ウァレンティヌスは看守を窘めた。
「し、しかしあまりにも理不尽です。先生がこのような目に遭うなんて世の中、間違っています」

 看守がウァレンティヌスを擁護する理由はいくつかある。その中にはこの地を支配する、ローマ皇帝に問題があることが確かだからだ。
 古代のヨーロッパ地中海世界を支配したローマ。カエサル、アウグストゥス、暴君ネロなどが活躍していた全盛期の時代からすでに200年近くが経過していた。軍人皇帝時代ともいわれるこの時期は、軍事力でで皇帝にのし上がる時代。皇帝を詐称しているものも多く、後に3世紀の危機と言われるほど混乱しかけていた頃であった。

 そんな中、前皇帝・ガッリエヌスをクーデターで殺害した皇帝クラウディウス2世が前年の268年に帝位についた治世。当時は不安定なローマ帝国を攻撃する北方民族がいたが、それをことごとく撃退したこともあり、多くのローマ市民からの人気がある。

 だが軍人出身の皇帝がゆえの欠点があった。それは兵士に対して「結婚禁止令」出したことである。結婚し妻ができることで、戦士の士気の低下をおそれたための手段であったが、当然若者たちにとっては天下の悪法であった。

「あんな、無茶な法律を作った皇帝がおかしいんですよ。先生は愛する兵士の男女に結婚式を執り行っただけなのに」
「仕方があるまい。皇帝の命に背けばこうなる。正しいかどうかではない」

 ウァレンティヌスは、こうして投獄された。そして拷問を受けて当時違法とされていた、キリスト教からの改宗を迫られたがそれを拒否。
「まあ私がここに投獄される前に、式を挙げたカップルに花を贈るとみんな嬉しそうだった。戦争など本当に無くなってほしい。神と共に平和に生きてほしいものだ」ウァレンティヌスは余裕の笑みを浮かべて看守に語る。

「それにしてもですよ! 冷静に考えても、結婚せずに子が生まれなければ、いずれ兵士の数が減少するなんて誰でもわかるはず。皇帝はそのようなこともわからない馬鹿だ!」看守は対照的に声を荒げた。

「おい、言葉が過ぎるぞ。下手したらお前も投獄される」
 ウァレンティヌスは心配そうに周囲を見渡して看守を窘めると、小声で
「心配するな。ここだけの話だが、あの皇帝は2・3年ののちにはこの世から消えるだろう。そしていつかキリスト、神様を受け入れる皇帝が現れてほしいものだ」
「ぜひそのように。だけど先生のことは本当に感謝しかありません。なにしろ私の盲目だった娘。先生の説教を聞いているうちに、その目が見えるなんて奇跡がありました。だから先生の教えてくださる神を一家で受け入れられたのです。なのに何故神はこのような大切な人を」
 一説にはこの看守がキリスト教に改宗したことが、ウァレンティヌスの心証をさらに悪くした。そして翌日の処刑が決まったのだ。

「それは、神様がお前にその役目を負わせたのだと思う」今までにはないほど冷静にウァレンティヌスが答える。
「わ、私にですか!」「そう。神様は人々に大切な役目を与えてくださる。今までは私がその役目を果たしてきた。じゃが間もなく私の役目は終わる。
 この後は、お前が私の後を継ぎ、より多くの人に神様のすばらしさを伝えなければならない」
「せ、先生。たがが看守ごときものにそのような」
「それは神が決めること。お、そうだ!」ウァレンティヌスは何かを思い出したのか、看守に紙とペンを所望した。
 看守は慌ててそれを持ってウァレンティヌスに差し出す。ウァレンティヌスは後ろを向き、何かを書き始める。

 そして数分後「よしできた!」 ウァレンティヌスはふりかえると、手紙を一通書き終えていた。
「その手紙は、先生の教えの極意が記載されたものでしょうか?」看守の質問にウァレンティヌスは首を横に振る。そのまま手紙を看守に手渡す。

「これはお前の娘へ宛てたもの。私は明日この世から去る。だが、娘にはこの手紙を必ず渡してほしい。約束したぞ」
「は、わかりました」看守が頭を下げて受け取った。
 このウァレンティヌスが看守の娘あてにあてた手紙には「あなたのヴァレンタインより」と署名されていたという。

 こうしてウァレンティヌスは、翌269年2月14日に殉教した。このことが理由で、後にウァレンティヌスは恋人たちの守護聖人とされ、それが今のバレンタインデーにつながっていく。
 ちなみに時の皇帝クラウディウス2世は、ウァレンティヌスの処刑から1年もたっていない270年1月、遠征先で疫病にかかって没した。ウァレンティヌスが、本当にそのような予言したかどうかは定かではないが、皇帝が死亡したのは事実である。

 さらに時代が下り、のちに再び力が復活したローマ帝国の皇帝で、初めてキリスト教を受け入れたというコンスタンティヌス1世。彼は奇しくも270年ごろの誕生なのだという。


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シリーズ 日々掌編短編小説 389

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