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海に近づくな! 第811話・4.14

「おお、海だ!」僕は5年ぶりに海に来た。今日の天気は青空で波が激しく岸壁に打ち寄せている。階段状になっている海岸は、砂浜のように目の前まで近づけなくても、海の潮風を感じるのには十分すぎた。

「久しぶりに海の水だよ。見た目とは裏腹に塩分が十分含まれている海の香りを、存分に味わってみよう、近づいたら海の水とか舐められるかな」僕はそう思い、さらに海に近づいた。すると遠くから声がする。「海に近づくな!」「え?」僕が振り向くと、半年前から世話になっているおじさんがいた。
「それ以上に近づくな、海に触れて命を落としたくないのか!」僕はもう一度おじさんをみる。顔の表情は普段見たこともないほど険しい。そして言われるままに海から離れた。
「確かに波が強いな」僕はおじさんのいう事も理解している。下手したら波にさらわれて命を落としかねない。それくらい強い波が打ち寄せられていたからだ。

「早く戻ってこい!」おじさんの声。僕はおじさんにおとなしく従って、高台に上る。
「ごめん、おじさん、久しぶりの海だったので」
「馬鹿者!この海がどれだけ危険か、君は知らなかったのか」「え、そんなに?」僕は首を傾げた。見た目は青い海、僕が知っている海そのもの。確かに波は高めだったが、そこまでおじさんが、激怒するほどは高くはない。だから僕は正直そこまで怒るおじさんが理解できないのだ。

「ほら、ああ、やっぱりだ。靴を見なさい」おじさんにいわれ、僕は靴を見て驚いた。「あ、く、くつが」見ると靴の底が半分近く何か強力なものの作用によって溶かされてていた。たまたま厚底の靴を履いてきたからよかったものの、そうでなければ足にダメージがあったかもしれない。

「君がかつていた海のこと詳しくは知らないが、少なくともこの海は強酸性だ。だからそのように少しでも海に触れると、その靴のように溶けてしまう」
「じゃあ、もし体に水が付いたら」「大やけどするな」おじさんはそういうと僕の体をチェック。「ああ、よかった。海の水はついていないようだ、まあついていたら今頃大声で泣き叫んでいただろうな」
 それまで厳しい表情だったおじさんの口元がようやく緩んだ。

「強酸性の海、じゃあ海水浴なんてできないんだね」「もちろんだ。だからみんなプールで泳ぐんだ。ん?そうか、君が以前いた星は強酸性の海じゃなかったのか...…」ここでおじさんは、海の方に視線を送る。

 おじさんのいうように、僕はこの星の人間ではない。かつて住んでいた星、地球は遥か昔から長い間が人が住める星であった。だが地球にエネルギーを送っていた太陽が、いよいよ老星となり赤く巨大化。
 その影響で地球環境も激化する。つい先日も水星がついに太陽に飲み込まれたとのニュースが世界中を巡った。あと数十年もすれば、人が住めないばかりか、地球そのものが老太陽に吸収されて消滅する可能性が高まった危機を前に、地球人たちは他の星への移住を余儀なくされた。

 すでにワープ航法も遥か昔に確立していたために、数億光年先の宇宙域にも移動すること自体は簡単になった時代。移住計画は10年前からスタートし、3年前に一斉に実行に移された。
 この星は、地球のある太陽系から1500万光年先にある宇宙域にある。地球人の移住に対しても、現地の星に住む多くの人々は移住することに友好的であった。ただ移住できる人数に限りがあり、1万人を上限に受け入れれもらったということはある。

 星の環境は海の成分などの一部を除いて地球に似ていたために、地球人たちは問題なく過ごせていた。だがやはり一部に地球からの移民に反対する勢力がいるのは事実。そこでこの星の政府は、地球からの移民を保護する組織を用意し、反対勢力から守る政策を行った。僕のいう「おじさん」はそういう保護者のひとりである。

 僕が最後に海に来たのは地球から移住が決まった時から逆算して2年前のときのこと。すでに環境は悪く、常に数メートルクラスの波がくるほど激しかったが、一部の場所では波を防いだた場所が設けられ、天然の海で海水浴ができた。でもそれが最後の機会である。

「おじさん、今日は僕の希望をかなえてくれてありがとう」海からの帰り道僕は運転をするおじさんに礼を言った。
「いや、しっかり言わなかったからな。そうか、君の居た星では、あの海の中に入れたのか」おじさんは僕がかつて海水浴をしていたという事実に驚いていた。

「あの海には魚はいないの?」僕は素朴な疑問をおじさんにぶつけた。
「ええ?いるわけないよ。魚は湖か川しかいないぞ。ん?そうか君の居た星では強酸性ではなく、君が入れるくらいだから魚も海にいたのか。これは勉強になった。こちらこそ礼を言うよ」
 おじさんは、はじめて海にも魚が住んでいる星が存在したことを知ったのがよほどうれしかったのか、以降は上機嫌に鼻歌を歌いながら運転をするのだった。




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