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三次を通って見たら 第865話・6.7

「うん、誰?庄原か」俺は部屋をノックする音に気づいた。ここは広島県の福山駅前にあるホテル。俺は部下の庄原とともに現在出張中で、この日は福山で宿泊している。この日の午後に福山に到着した俺たちは、広島市内に本社がある取引先の福山支店長と商談を行った。
 支店長とは良い感じで商談が進み、「最終的な合意のために明日社長と会ってください」という。社長が広島駅近くのレストランで俺たちのためにわざわざ一席を設けたらしい。
 先方は広島県内に拠点を持つ地方の非上場企業なのに対して、こっちは全国に加え、一部海外にも拠点を持つ上場企業という立場とうこともあるのか、東京から来た俺たちを接待してくれるという。
 今回の商談における最終責任者である俺が、その申し出を断る必要もなく快く引き受けた。

「部長、明日の午前中なのですが」ドアを開けると予想通り庄原の姿。「どうした?そうか、お前俺と行動を共にしたくないんだな。ふん、いいぞ、ちゃんと約束の時間に、広島のレストランに来ればだがな」
「いえ、別に部長とというのではなく、僕はただ広島まで新幹線を使わなくて行ってもいいのかなと」庄原は申し訳なさそうな表情をしたままややうつむき加減になっている。
 俺は庄原がいわゆる「乗り鉄」で、休みの日には鉄道を使ったり、バスを使ったりして一人旅をするのが好きなことを知っていた。本来なら出張という業務で勝手な行動をどうかと思ったが、別に時間通りに来れば問題はないと思い、俺は庄原に許可を出す。「部長、ありがとうございます。では明日広島で、おやすみなさい!」庄原は元気よく頭を下げつつも、表情に満面の笑みを浮かべていた。

「ふ、まったく物好きな男だ。ま、俺のようなむさくるしい上司と一緒にいたくないというのは理解できるな」俺はホテルの冷蔵庫に冷やしていた缶ビールを開ける。そのままビールを口に運ぶ。すでに夜は庄原との食事で飲んだとはいえ、ひとりで静かに飲む味は格別だ。
「さてと、在来線で行くんだろうな。山陽本線、いやあいつのことだから、呉線で呉を経由するかもな。まあ時刻表を見るのが三度の飯を食べるより楽しいようなことを言ってたからなあ。少なくともあいつから遅刻はしないだろう」
 俺は庄原を信用している。この後俺は、部屋で缶ビールをチビチビと飲んだあと、ベッドに横たわった。


 翌日俺は、ゆっくりと起きてチェックアウトぎりぎりまでホテルで過ごす。すでに庄原は先にホテルを出たようだ。俺10時過ぎにホテルを出て福山駅に向かう。午前11時08分の新幹線に乗れば、11時31分には広島駅に着く。レストランは広島駅から徒歩5分以内にあると聞いていたので、約束時間の正午には十分に間に合うだろう。

 俺はエキナカのカフェで、時間をつぶすと、予定通り新幹線に乗ること30分足らずで広島駅に到着した。
 広島駅の改札を出ると、俺は思わず口元が緩んだ。「さすがだな」ちゃんと庄原が改札で待っていた。
「部長!おはようございます」「おお、待っていてくれたのか、まあ君なら心配はしていなかったが」
「はい、おかげで6時間ほど楽しませてもらいました」庄原もいつも以上に元気が良くはきはきと答えるが、その言葉の途中で俺は引っかかった。
「6時間?」いくら在来線でも福山から広島まで6時間もかかるとは思えない。

「おい、そんなにかかるか?」「はい、三次経由できました」「え、三次?どこだそれは」
 俺は全く想像もしない駅名を聞いて一瞬戸惑ったが、ここから庄原の鉄道談議が始まった。

「はい、朝5時45分に福山から府中行きに乗って、そこから三次に向かいました」「え、それはローカル線だよな」
「はい、福塩線です。実は府中からの列車は7時4分発を逃すと15時台までないんです。ここは焦りました」
「何というローカル線!」俺は思わず指を折って数えた。8時間も列車が来ないローカル線があるとは......。

「で、無事に7時4分発の三次行きに乗って8時50分に三次につきました。そこからは30分ほど待って、芸備線の広島行き9時27分発に乗り、11時15分に広島につきました。おかげさまで部長が新幹線の改札に着くまでに、こうして無事に来れました」
 嬉しそうに答える庄原。こいつは本当に変わった趣味だなあと思いつつも、仕事はしっかりとしてくれるから文句はない。
「それでは、行きましょう」と元気な庄原。俺は庄原のやや斜め後ろを歩きながら、人それぞれの価値観の違い、多様性の大切さを考えるのだった。


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