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伊万里と有田 第627話・10.11

「先生、やはり伊万里は焼き物の町ですね。橋にまで陶器が乗っています」ここは佐賀県伊万里市。歴史研究家の八雲と、助手で恋人の出口は、世界的に有名な焼物の町を訪れていた。
「うん、それにしても面白かったのは、昨日じゃったな。福岡空港に乗り入れている地下鉄が、いつの間にか筑肥線になって西唐津まで直通で行けたんだ。九州一の都会・福岡の地下鉄に乗っていた筈なのに、気がついたら県を越えて、窓からは海のきれいなところまで来てしまったんじゃからな」

「唐津? 先生! それは昨日の話ではありませんか? もうその話は終わりました。今朝、唐津からこの伊万里まで来たのですから、焼物の町のことをもっと調査しなければ」
 出口の厳しい視線は八雲を睨みつけているかのよう。出口はプライベートとオフィシャルとのギャップが激しい。しかし涼しい表情の八雲は、橋の欄干に両肘を預け、町を流れる伊万里川を眺めた。
「だが出口君、本来の焼き物の生産地は、あくまでこれから行く有田じゃぞ。伊万里はあくまで焼き物の積出港にすぎぬ」「とはいえ、古伊万里となれば、相当な骨董価値があるかと」
「ああ、それはそうじゃ。江戸時代に作られたものは、鎖国の日本から海を越えて、中国どころかはるか遠いヨーロッパまで言ったそうじゃな。その価値は、相当なものであることは間違いない」

「この川の流れる先に海、その港からはるか遠くにですね」出口も八雲同様に川の下流、かつて積出港があった方向に視線を送った。
「さて、出口君、そろそろ行きましょうかな、有田に」
 ふたりは伊万里駅から松浦鉄道にのり、有田を目指す。時刻表を見る限り30分程度の小さな旅。
「やはり近いですね。有田と伊万里は」「まあな。こういう鉄道がなかったころでも、半日もかからんじゃろ」
「ですね。徒歩でも3時間ほどのようです」出口は自らのスマホで距離を計測していた。
 そんなことを言っている間に、二両編成の小さな列車は、ゆっくりと線路の継ぎ目を鳴らしながら、伊万里駅から動き出している。

「先生、有田焼を初めて焼いたのは朝鮮半島の人だと」「さすがは事前に調べておったな。出口君、そう豊臣秀吉の朝鮮出兵からの引き上げる際に、鍋島直茂が連れてきたという、李参平と呼ばれている人物。日本名は金ヶ江三兵衛(かながえさんべえ)じゃ」

 車窓からの風景を見つめながら八雲は饒舌に語りだす。
「陶工だった参平は、日本に連れてこられてから鍋島領内で陶器の生産を続けた。じゃが当時は中国の景徳鎮の白い磁器が大人気だったので、焼き物ができても納得できない。参平は歩き回った末に、乱橋と言うところにきたという。それが三代橋という有田の手前にある場所となる」
「三代橋、有田の一駅手前ですね」「うむ、その後、泉山磁石というものを発見し、その石をもとにできたのが有田焼と言うことじゃ」

 八雲の話の間も列車は有田に向かって行くりと走る。
「で、その参平は、陶祖として」「そう、今から行く陶山(すえやま)神社にて、八幡神の応神天皇と藩祖直茂とともに祀られているんじゃな」
 列車は有田川沿いに南に向かっている。やがて三代橋駅をすぎると、佐世保線の線路が見えてきた。
「よし、有田につくぞ出口君」「はい、先生、陶山神社に行きましょう」


 有田駅に降りたふたりは、陶山神社を目指す。「先生、見てください。次の上有田駅の方が近かったようです!」真顔になってスマホを見せる出口。
「そうか、まあせっかく焼物の町に来た。歩いていると、いろいろなものが見えるじゃろう」そう言って八雲は早足になって前に進む。

 こうして陶山神社に到着したふたり。「やはり陶器の神社ですね」物珍しそうに眺める出口。それもそうであった。鳥居や狛犬が陶器でできているように見える。八雲はそんな出口をほほえましく見ながら、本殿に向かい、いつものように正式な方法で参拝を済ませた。
「さて、あとは陶祖の李参平之碑を見なければならんな」しかしここからはふたりにとって予想外である。碑は小高い山の上にあることが分かった。「まさか、ここで登りがあるとは」少し戸惑い気味の出口。「なにを言っているんだ出口君、このくらいは大したことがない!」と気合の入れる八雲。しかし結果的には出口の方が前に進んだ。

「ふう、先生、見えてきました。これは本当に立派な碑ですね」「うん、あとはこの階段を登り切るだけ。もう一息じゃ」
 こうして最後の力を振り絞るかのように階段を上ったふたりは、ようやく記念碑の前に到着。「ああ、ようやくついた」八雲の額には、汗がにじみ出ている。それを腕でふき取った。
「先生、でもここは素晴らしいです。この風景」高台にある碑の上から見える有田の絶景にテンションが上がる出口。思わずスマホで撮影した。
「参平も納得できた陶磁器ができたときに、ここから喜んだのかもな」出口の後ろで八雲は小さくつぶやく。

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「さて、今日はこの後、佐賀まで移動じゃな。だけど、そうじゃ、有田に来たから陶器を買おうか」ここで八雲が意外なことをいう。彼は食べ物には興味があってもモノには興味がないからだ。
「先生、有田焼ですか?」「ああ、プライベート用と、あと佐賀で今晩会う山田先生のためにな」「山田先生、ああ佐賀平野のクリークを研究なさっているという」
「そう、先生も関西からお見えになられているから、有田焼は喜ぶじゃろう、うん、そうしよう」
 ところが、出口は小さくうなづくと表情が暗くなる。
「ん? 何を勘違いしているんじゃ。山田先生は男性。ワシより一回り年上じゃぞ」
「あ、あ、いえ私は別に......」と否定しつつも、少し顔が赤くなる出口であった。


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