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古墳の様子が見たくて 第527話・7.3

「ここまでしか行けないのって。本当に何も見えないじゃないか」
 原沢孝明は、大阪府堺市にある仁徳天皇陵こと大仙古墳の正面にある配所の前にいた。古墳時代の遺跡のなかでは日本で最も大きなもの。だが天皇陵のため宮内庁が厳密に管理。そのため古墳の内部はもちろん、前方後円墳そのものに踏み入れることも許されない。
 そのうえこの巨大天皇陵は、堀が3重で囲まれており、最初の堀を跨ぐことも容易にできないのだ。厳密にいえばこの配所だけが三番目の堀を抜けて二番目の堀のすぐ手前まで足を踏み入れる。だとしても古墳本体からははるかに遠い。

 だが孝明の愚痴を聞いて不満を漏らしたのが、大阪市内在住の米村由紀子だ。「そんなこと言わんといてよ。これ一応大阪府の世界遺産なんやで」関西弁を駆使して孝明に反論。実はふたりはネットを通じて知り合った。
 神奈川在住の孝明と由紀子は、バイク乗りであることに加え、歴史が好きと言うお互いの趣味が高じたために急接近。現在遠距離恋愛をしている。そして今回は由紀子のいる大阪に、孝明がバイクとともに遊びに来た。

「なあ、孝明せっかく一緒のツーリングやねんで、もっと楽しんでよ」
「由紀子、そうなんだけど。これ世界遺産なんだろ。もっと内部が見られるようなそういうのを期待したのに、これでは前方後円墳と言われてもわからないよ。単なる森にしか見えないじゃん」
 孝明はつまらなそうにつぶやく、由紀子は戸惑いつつも反論。
「かといって、百舌鳥古市古墳群には、多くの古墳があるんや。けど、どこもそんな上からなんか見られへんで。そや昨日から半夏生らしいなぁ。あの緑の中にハンゲショウの花とか咲いてへんかな」
 由紀子は別の話題にして盛り上げようとするが、孝明は気難しそうな表情のまま。
「由紀子のおすすめがこれって。せっかくバイクで関西まで来たのに、これでは...... ベトナムにはあんなに個性的な世界遺産が」

「またや。ベトナムを縦断した話かいな」
「いいじゃないか、あれは10年前に俺がリストラに遭って、半ば強制的に退職させられて、寂しくベトナムに行ったときの淡い夢だったんだ」
 そういうと孝明は緑に覆われた古墳の上に広がる青空に視線を移す。

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「現地在住者の同級生・富田に誘われてベトナム・ホーチミンでカルチャーセンターを立ち上げたときも、こんな青空が広がっていた。日差しはもっと強かったな。まあ会社側の都合で辞めたから退職金を多い目にもらえたな。俺はためらいもなく富田に出資して現地に向かった」
 孝明の脳裏に浮かぶベトナムの街並み。道路にはバイクに乗った人たちが我先にとバイクを前に進めていた。暑い夏とけたたましいエンジン音とクラクションが鳴り響くバイクの群れ。そこには日差しの暑さに加えて、排気ガスや砂ぼこりが舞い散る。運転手たちは口と鼻を守るために、個性豊かな思い思いのマスクをしていた。あの時は大変だったが今となってはそんな光景がな懐かしい。
 だが今の孝明の目の前にあるのは、森のような巨大古墳。その周辺では周辺では静かな時間。かすかに聞こえる虫の声だけが流れている。

「ホーチミンに限らないけど、ベトナムはどこでもバイクの洪水。彼らは自転車に乗るようにバイクに乗る。速度は日本と比べてはるかにゆっくりだった」
「それで、事業は途中で撤退したんやろ」由紀子の声で孝明は我に戻った。
「ああ、最初は良い土が出るとか言われて陶芸などをいそしんだが、異国の環境が合わなかったな。ホームシックにかかってしまって、気がつけば日本料理店に毎日通っては、日本のインスタントラーメンばかり注文して食べてたよ」
 孝明は再び情景が脳裏に。異国で食べた九州のインスタントラーメンの豚骨スープの味が、口の中に湧き上がるかのように記憶が滲み出る。

「だから1年ほどで手を引くことにしたんだ。だけどそのまま日本に帰ってもつまらないと思って、俺は帰国直前にバイクでベトナムを縦断することにした。現地の足だったスクーターにまたがって、ホーチミンからハノイを目指すひとり旅。
 最初に高原都市ダラットを経由してファンラン、そしてニャチャン。その先には世界遺産が目白押しだったよ。『ミーソン遺跡』と『ホイアンの古い町並み』、そして『フエ古城』と世界遺産を回った。南北ベトナムのDMZだったところを越えてさらに北上したら『フォンニャケバンの景勝地』がある。その先は『胡朝の城塞』にいって、ニンビンにある『チャンアンの景観』と続いて、いよいよ『ハロン湾』。そして最後がハノイの『タンロン遺跡』を見て帰国したんだ。ああ、どの世界遺産も素晴らしかった」

ーーーーーー

 完全に孝明の魂は遥か彼方のベトナムに向かっている。由紀子は孝明の魂を引き戻そうと必死。
「わかった。もう5回くらい聞いたでその話!」とだけ言うと、由紀子はわざとつまらなそうな表情をして、大きくため息をつく。しかしこのときに何かを思いついた。
「そや、思い出した! 実は面白いところあるんや。今から高槻行こうか。あそこに古墳の雰囲気味わえるところがあるねんで」

「たかつき? 一体どこだそれ」
「あ、これ、ちょうどこの堺から大阪市内を縦断したらあるねん」由紀子はスマホで高槻の位置を説明。孝明はうなづきながら「わかった。ならひとつ条件がある」
「条件? 何?」

「出来たら通天閣の前を通りたい。あれ、どんなものか生で見てみたいんだ」

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 ふたりはそれぞれのバイクにまたがり、堺の大仙古墳を後に北に向かう。先頭は土地勘のある由紀子に任せ、孝明はその背中を追いかける。
 大和川を渡り大阪市内。延々と続く町中をしばらく走っていくとやがて通天閣が姿を現す。すぐ近くまで来るといったんバイクを止めた。
「これや。でも東京タワーとかスカイツリーなんかと比べたら全然やけどな」「いやいやそれなりに歴史ある建物だよ。それに今日7月3日は通天閣の日らしいんだ。その日に現物が見られてよかったよ」
 そういいながら孝明は笑顔で目の前にそびえる通天閣をじっくりと眺めた。

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 再びバイクに股がり走り出すふたり。大阪の中心部を縦断するように北上。そのまま大きな淀川を渡り、小さな神崎川を越えると大阪市内を脱出した。そしてさらに北に向かう。途中で万博公園に立ち寄った。ここでそびえっていたのは太陽の塔。孝明は通天閣同様にその姿に感動する。だからしばらく佇んだ。そのようなこともあり、目的地の高槻市に来たときにはすでに夕暮れ近くを迎えてしまう。

 由紀子は住宅街に囲まれた一角。公園のようになっているところに入る。速度を緩めたバイクを駐輪スペースに停めると「ここや、今城塚古墳や」と叫ぶようにつぶやいた。その横で孝明もバイクを置く。そして由紀子についていくように歩いて行った。
「どうや孝明これや!」どや顔で由紀子は指をさす。孝明は見ると大きく両目を見開き「おお、これはすごい!」と喜んだ。

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「これだ、期待していたのは! おお、埴輪だ。古墳の世界が再現されている」孝明は目の前に並んでいる埴輪に興奮気味。
「仁徳天皇陵と違って、ここは古墳の形としては半分くらいしか残ってへんけど、こうやって公園になってんのがええんや。調べたらな、日本最大の家形埴輪や精緻な武人埴輪が発見されたんやで。それに」
「それに何?」
「ここは実は継体天皇陵ではないかと考古学者の偉いさんは言うて張るんやて」
「天皇陵! まさか」由紀子からの言葉に再度驚く孝明。「天皇陵を発掘とか公園にするって......」

「でも、おもろいことに、宮内庁はここを継体天皇陵と認めてないんや。すぐ近くにある三嶋藍野陵を天皇陵としている。つまりここは天皇陵でないから、自由に発掘出来て公園にもなって言うわけなんやて」
「由紀子はいつの間に、こんなことを調べていたんだ......」
 孝明はそのことにも驚いた。今回孝明が大阪に来るときに仁徳天皇陵などの古墳を見たいといったから、わざわざ調べてくれたのだろうか?

「なんやえらい、驚いた顔して、びっくりしてるんか」「あ、ああと言うより由紀子良く調べてくれた。ありがとう。そうこれが俺のイメージしていた古墳。でも昼間見た大仙古墳がもし天皇陵じゃなかったら、もっとすごいものがでるんだろうなあ」
 孝明は感慨深く語る。そして再び埴輪群を眺めた。
「良かった、孝明に喜んでもらえて」「うん、由紀子と出会えてよかったかも」孝明の言葉に思わず顔が赤くなる由紀子。黙って孝明の体に寄りかかるのだった。



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