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砂丘に連れてもらって 第875話・6.17

「はい、和菓子買ってきたわ。ここの大好きでしょう」私は鳥取駅で待ち合わせた夫にお土産を渡すと、夫は満面の笑みを浮かべ。「おう、ありがとう」と一言。

「鳥取ってこういうところなんだ」夫が単身赴任で鳥取勤務となって半年が経つ。私は同行するか迷ったが、小学生の子供が今の学校でなじんでいる。 

 それに鳥取勤務は長くても1年と聞いているから、私はとどまることを決めた。こうして半年ぶりに夫に会いに単身鳥取に。今回は2泊3日の予定だ。平日で学校があるからと、子供は置いてきた。代わりに近くに住む実家の両親が面倒を見てくれている。

 半年ぶりに会う夫。別に普段からネットで頻繁にやり取りをしているし、毎日画面を通じてお互い顔を見ているから、半年ぶりと言ってもそんな懐かしさはない。それでもやはり実際に会うのは違うもの。

「さてと、あなたの部屋がどうなっているか気になるわね。どうせ汚れているんだろうけど」
 私は、夫が運転する車の助手席に座って最初に発した言葉。半年ぶりに夫に会うことで、掃除をする気満々であった。だが夫は「その前にちょっと寄り道しよう」という。
「え、どこに行くの?」「せっかく鳥取に来たから砂丘に案内するよ」夫の言葉が終わると同時に、車がゆっくりと動き出した。

 鳥取駅から鳥取砂丘まではそれほど遠くないというから私は了承。駅前から直角に続くメインストリートを車が走行していく。「ここ駅前に天然温泉が湧いているんだ。後で行こうな」と夫が鳥取の観光案内をしてくれる。夫は休日のたびに鳥取の町中を歩いているためか、半年でずいぶん鳥取の事が詳しくなっていた。小さな川を越え、突き当りまで進むと左に曲がる。「県庁の隣が鳥取城址。江戸時代は池田という殿さまがいたらしい。仁風閣という洋館がフランスルネッサンス様式で作られている。そこは明日行こうかな」
 私は頼んでもいないのに勝手に観光案内をしてくれる。私は何度もうなづきながら、横にいる人が夫ではなく鳥取の観光ガイドではと錯覚した。

 車は国道沿いをどんどん進んだ。やがて立体歩道橋がある交差点に来ると、夫は手慣れた手つきで、右にウインカーを出し、そのまま右折した。そのまま勅撰したが、今度は国道9号線との交差点。ここは直進する。
「砂丘まで本当にもう少しなの?」私は車窓を見ながら少し不安になった。道路のすぐ横、右側にに山のようなものが迫っている。また左側も緑に覆われており、海ではなく山奥のように向かって居るように感じた。「ああ、もうすぐ、ただ間にトンネルがあるんだ」と夫は意に帰すこともなく、車を走らせていく。

「駅から部屋まで近かったんでしょ」私は先に夫の部屋に行った方が良いと思っていただけに、思ったより遠い国に連れてこられた気がした。

 トンネルをくぐる。それほど長くはないトンネルを抜けるとようやく私は安心した。急に視界が開けている。さらに砂の塊のようなものが見えてきた。「もしかして、あれ?」「そう、あれが鳥取砂丘だ、さあ着いたよ」夫は口元が緩む。車はもう少し走り、砂丘の駐車場に無事到着した。

ーーーーーーーー

「やっぱり砂丘って広いねわぁ、砂漠のようね」私は夫と一緒に砂丘を歩く。私は勝手に砂丘と言ってもビーチの大きいものくらいのイメージしかもっていなかったが、実際にはそんなレベルのものではない。延々と続く砂の塊。ただ平面上に続いているのではく結構な高低差があった。その先に向かっている観光客の姿が点になっているからこの砂の塊がいかに大きいのかがわかる。私のイメージではこれは砂丘というより砂漠であった。
「鳥取砂丘は南北2.4キロメートル、東西16キロメートルあるからなあ。ラクダに乗っても良かったな」
 夫は私が驚いた表情で砂丘を眺めているのがよほどうれしかったようだ。その夫は、ひときわ高く盛り上がっている方に向かう。
「え、あそこに行くの?」「そうだ、あそこは馬の背と呼ばれているところだよ。
こうして馬の背と呼ばれているところの真下に来た。結構な急阪で砂の山を登っていく感覚だ。「す、砂が、靴の中に......」私は想定外のことで戸惑ったが、ここまで来た以上引き返せない。夫は先に進み、ときおり私のことを気にしてくれていたが、そのことで私の過去の記憶を呼び起こす。
 高校のころは登山部だった私は、徐々にその時の勘を取り戻し、登りの速度を上げる。あっという間に頂上に到着したが、いつの間にか夫を追い抜かしていた。

「うわぁああ、海が見える!」私は思わず声を出す。馬の背の高さもさることながら、ここが障害物の無い展望台となっているから、遠くが見渡せる。そして目の前には海が広がっていた。
「君が鳥取に来ると聞いてから、まずここに連れて来たかったんだ」と夫が笑顔で答える。
 私は素敵な絶景をみながら、夫の気持ちがわかったので、思わず夫の手を握り、体を夫の体にくっつけた。


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