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脱出 第792話・3.26

「ねえ、マジで本気なの?」「もう後には引き下がれない。君と生涯一緒に過ごしたいんだ」
 ここはある離島、本土とは船でしか往来できないし、それも定期便が朝夕1日2便しかないような隔絶した島。そのため、いまだ昭和初期頃ではと勘違いしてしまうような生活、文化、風習が残っていた。もちろんテレビもネットあり、主要産業でもある農業や漁業では最新の機械を導入しているから、そんなはずはないのだが...…。
 相思相愛の男女は、まだ薄暗い中、朝を迎えようとしている時間帯に、港にいた。島唯一の港は定期船も立ち寄る漁港。

 この島は主にふたつの家とその子孫で構成されている。歴史によれば、戦国末期に戦乱を避けたふたつの仲の良い世帯が船で無人島だったこの島に移り住みんだことがきっかけであった。今ではそれぞれの家で分家が増えたが、100年ほど前の明治のころに、土地をめぐる争いから、ふたつの家では対立し始めてしまう。結局対立したまま今に至る。つまりこの男女は、対立するふたつの家出身者。それもどちらも本家というのだからタチが悪い。
 さらに男の方は本家の長男。女の方も長女とあるから、どちらも後継者のようなポジションである。このふたりが恋愛をしていると知った時には、双方の親が激怒したことは言うまでもなかった。

 もちろんふたりは完全に愛し合っている。島にいる同世代の友達はそのことを知っているが、親を説得するのは難しい。ここはまだ前世紀のような雰囲気があり、このままでは、ふたりがそれぞれ親が決めた相手とお見合いをさせられて、別れるということがほぼ決まっているのだという。

 だが、男は納得できず友達に相談。ここで決めたのが「駆け落ち」であった。男は数人の友達とひそかに計画を練る。友達の中には漁船を持っている漁師がいた。そこで早朝日が出る前に、漁船で本土まで送ってもらおうという算段である。
「ふたりで島を出よう。わからないように最低限の荷物だけ、服とかも本土についてから追加で買えばいいさ」
 女に男からのメッセージが来たのは2日前。正直このままでは愛する人物と一緒になれないことはわかっている。だから彼女も決断した。親に内緒で準備をして、必要な荷物を決行当日まで友達の家に預かってもらっている。

 こうして友達の家で一泊するということにして、前日の夜に家を出た女は、まだ暗いうちに友達に付き添われて港に来た。そこには男も待っていてすでに荷物は漁船の中。
「じゃあ、みんな、これでお別れだけど。僕たちは幸せになるよ」「寂しくなるけど、本当に素敵なこと。またどこかでね」女の友達が見送る中、男の友達が操縦する漁船に乗った男女は、そのまま島を出た。
 この時間はすでに漁船は早朝の漁に出ているので、全く違和感はない。女の友達が見守る中、エンジンが動き、スクリュウで海の水が白く撹拌させながら漁船が島を離れていった。そのときちょうど東の水平線のかなたから太陽が顔を出してくる。
ここで「いまさらだけど、プロポーズだ。結婚しよう!」と、船のエンジンが鳴り響く船上で男は叫んだ。女は男のそばに近づき、小声で「はい」といった。

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「しかし、あいつも思い切ったことをしたものだぜ」
 1時間後、男女を本土の港まで送り、そのまま島に引き返した男の友達。女の友達は戻ってくるまで待っていた。
「そうね。駆け落ちなんて彼女もびっくりしていたわ。本当に幸せになってほしいわね」と、港で待っていた女の友達。
「あれ、そうか、知らなかったのか」男の友達は、女の友達が事情を知らないことに驚いた。
「知らないって」「これって、ドッキリなんだ。男の奴が計画した」
「え!」目を見開く女の友達。
「あいつ、じつは内緒で双方の両親と話をつけていて、結婚の了承を取り付けていたんだ。よく頑張ったよ。もうそういう時代じゃないと必死に納得してくれてさ。だから駆け落ちなんかじゃなく、もう双方の両親が結婚を認めているんだ」
 男の友達が話す内容に、女の友達は一時頭が混乱する。

「え、じ、じゃあなんでこんな手の込んだこと!」「さあ、その方が盛り上がるとあいつが企画して、双方の両親も仕掛け人として黙っていたというわけ」
「なんと、そんなこと私も知らないのに...…」女の友達は複雑だ。仕方があるまい。女の親友でもある彼女にも隠すことで、この秘密の作戦がばれないようにしたから。だが女の友達は視線を下に向けて顔の表情が暗い。
「悪い!お前までだまして悪かったな。でもおかげで大成功だ。ホントよかったよ」必死に励ます男の友達。「さてと、まもなく双方の両親が朝の定期船で一緒に島を出る」「え?あの犬猿の仲だった本家の二家族が!」
「ああこれを機に、100年来の仲たがいをやめて正式に和解することになったんだ。で、そのままみんな東京都内の式場で結婚式。そのあとふたりは北海道への新婚旅行らしい」

「へえ、じゃあ、ふたり島に戻ってくるの?」「ああ、10日後に戻ってくる。その時は島の仲間をみんな呼んで結婚式の二次会だ」
 と、計画のすべてを語った男の友達は、ようやくすがすがしい気持ちになる。「へえ、すごい!あの子、素敵な相手見つけて本当にうらやましいわ」ようやく、女の友達も表情が明るくなる。

「だったら俺たちもやろうか?」男の友達は目の前の女の友達が、以前から好きであった。ついつい無意識に発した告白。
「え!」実は女の友達もこの男の友達のことを少し気になっている。だから思わず顔を赤らめるのだった。



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