抗体種
これは西暦2100年の世界である。ちょうど一年ほど前からゾンビが世の中に現れ人を襲うようになった。噛まれたらゾンビになるが、足が遅く音に対して異常に反応する。そして頭を狙えば完全に死ぬことが分かった。
人々は見た目からして明らかにわかるゾンビを恐れつつも、常に退治する構えで共存しながら生きざるを得なかった。だから1年以上前の平和こそないものの、とりあえず注意すれば十分生きていけるのだ。
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「キャー!そ・そこにゾンビ!」と突然大声を出すアンリ。
「あいつは足が遅い。慌てるな。まずはこれを食らえ!」トミオは、右ズボンのポケットに隠し持っていた懐中電灯のようなものを取り出すと、ゾンビに向けてスイッチを押す。
すると黒板をひっかくような、高い音が鳴り響く。人間にもダメージがある嫌な音だが、ゾンビはそれ以上につらいらしい。突然両耳を抑えて、もだえるように横たわって苦しみだした。
「よし、今のうちにとどめを刺す」 トミオは、次に左ズボンのポケットから、楕円形の鉄の塊を取りだす。その塊の真ん中にははボタンがついている。トミオがボタンをおすと、その塊が前方向に伸びだし、50センチ以上の長さのある棒に変わった。そしてそれをゾンビの頭にめがけて思いっきり振り下ろす。
「ぐうううぐぎゃああ!」頭を強打したゾンビは断末魔の叫びをあげ、その場で倒れた。頭からはどす黒い液が流れている。
「よし、無事にとどめを刺した。これさえ常備していれば大丈夫。奴は絶命しているぞ」といって棒のボタンを押す。すると元の楕円形の塊に戻った。
トミオが持っていたこれらのツールは簡易ゾンビ撃退器である。3か月前に発売されたばかりの新製品だが、販売開始と同時に瞬く間に売れた。品切れが続出するも、次々と量産されたので、今ではほとんどの人がこれを所持している。
それまでは逃げることしかゾンビの魔の手から逃れられなかったが、これが販売してからは、ゾンビに遭遇しても逆襲でき、襲われる確率が極端に減った。逆にゾンビの死亡率が増加。
「ふう、だんだん使い慣れてきた。アンリ安心しろ。奴はもう絶命した」
と笑顔のトミオであるが、アンリの表情は暗い。
「どうしたんだ。おい、体が震えているが大丈夫か?」
「どうしよう、私、足を噛まれたかも」
「なんだって!」トミオの顔から血の気がなくなった。
「ちょっと確認する」とアンリは黄色のスカートをめくりあげる。見ると黒いストッキングが破れており、素足が見える。そして太もものあたりから血が出ていた。さらにその周りを見ると、見たこともない皮膚になっていてそれが紺色に変色している。さらに徐々にではあるがそれが広がっているように見えた。
「ああ、なんとなく全身に震えが! と・トミオごめん。本当に気を抜いていた私の不注意だわ。もう手遅れ。多分私このままゾンビになっちゃう」と涙を流す。「そんな、アンリなぜ!」トミオはアンリに抱き着く。
「本当に短い間だったけど、トミオとの日々は本当に楽しかった。ゾンビになっても忘れないように頑張るわ。ありがとう」アンリはどんどん顔色が悪くなり、体の震えが大きくなる。
「まて、お前をそのままほおっては置けない。ならば俺もゾンビになる!」「だ、だめ、早く逃げて!私がゾンビになる前に離れて。あなたは生きて」
と最後の力を振り絞ってアンリはトミオを振りほどこうとする。トミオの目にも涙があふれてきた。
「待ちな!まだのぞみがあるぜ」と突然の大声。
「だ、誰だ!貴様。今大事なところだ」と言ってトミオは声のあるほうを振り向いた。
そこにはおそろいの赤い防護服のようなものを身にまとった男が3人立っていた。
「おまえも、ゾンビか」
「違う、逆だ」先頭にいた、黒縁メガネをかけた男が否定する。
「じゃあ何者だ、俺たちに何をする」
「時間がない、彼女の意識がなくなれば手遅れだ!話はあとだ。そこをどけ」メガネの男はそういうと、トミオをアンリから強引に引き離す。別の男がトミオを羽交い絞めにする。3番目の男は何かを注射器のようなものを持っていた。そしてアンリにその注射器を刺した。
「やめろ!アンリに何をする」トミオが大声で振りほどこうとするが、羽交い絞めにしている男は力が強くほどけない。
「ああっあああああ!」アンリがしばらく大声をしばらく上げ続けた。そして記憶を失う。
「よし、間に合った。これで彼女の体にはワクチンが入ったぞ。しばらくすればゾンビウイルスを撃退し、彼女の体には抗体ができる」
「ゾンビウイルス、抗体ってどういうこと?」ようやく力を緩めた男を振りほどき、メガネの男に問い詰める。
その横ではアンリが寝息を立てて眠っていた。
「とりあえず、ここにいるとまたゾンビが来るかもしれない。俺たちの車に戻ってそこで話そう」
こうして眠ったアンリをふたりの男が抱きかかえる。トミオとメガネの男は5分ほど歩たところにある、マイクロバスの中に入った。
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「よし、大丈夫だ! 彼女の顔色がどんどん良くなっている。しばらくするとゾンビウイルスは完全に消滅するだろう」
メガネの男はマイクロバスの後方にあるベッドで寝ているアンリを見て、そうつぶやいた。
「おい!アンリに接種したワクチンと言うのはいったいなんだ。ゾンビウイルスとか、聞いたことがないぞ。その前にお前たちはいったい何者だ」
まだ興奮気味のトミオ。メガネの男は軽く笑う。そして静かに語り始めた。
「俺たちはゾンビに襲われた人を助けるために、あるワクチンを所持している。これは元々80年前に開発されたワクチンを改良したものが、今回世界を混乱に陥れているゾンビウイルスに有効であることを確認した」
「ゾンビの正体はゾンビウイルスの感染者と言いたいのか」「ああ、厳密には、感染者と言うより発症者だな」とメガネの男は低い声で答えた。
「このウイルスは、当初今回のゾンビ対応のワクチンではなかった。古い話になるが、今から80年ほど前に、世界を圧巻したウイルスがあるのを知っているか」
「2020年のころだな。ああ聞いたことがある。確か肺がやられる奴だったな。学校で習ったぞ。えっと国境が長い間封鎖されたとか。で、それがどうしたんだ」
「あのときのウイルスでは、ゾンビにはならないが世界経済が大混乱に陥れ、人々は不特定な情報をもとにそれぞれが異なる主張を持ったり疑心暗鬼になったりして大変だった。
ネットが登場して間のないころだから、今と違って無法地帯だ。だから余計にひどいものだった」男はいったん話をやめそ、メガネを直すと軽く深呼吸をする。
「そして世界では一斉にこのウイルスに対応できるワクチン開発に着手した。これに成功すれば、ノーベル賞も夢ではないからね」トミオは厳しい視線を相変わらず男に向けているが、静かに話を聞いている。
「ところがある弱小製薬会社Xは、独自の方法でワクチン開発をやった。他社に先駆けようとしたのだろう。そしてワクチンは一応完成したが、臨床試験では結果が出せなかった。Xがもたもたしている間、結局大手各社がこぞってワクチンの製造に成功し発売にこぎつけた。このときのウイルス感染症はやがて終息する。ここまではいいかな」
「ああ、結局弱小会社は大手に勝てなかったと」トミオの返事に男は大きくうなづく。
「だが、中途半端にできたワクチンの開発はその後も、次に襲ってくるであろうウイルス対策のために極秘に行われていた。しかし開発の結果とんでもないことが起きてしまう」
「とんでもないこと?それはいったい」
「そのワクチンを接種すると、モルモットである動物が副作用で仮死状態になってしまう。そして再び生きを吹き返すが、そのときには本来の知能が著しく衰え、意味不明の行動をとる。
それだけではなく、他の生態に噛みつき始めた。そうすると、噛みつかれた生態もやがて仮死状態になり、同じことを繰り返す」
「つまり、ワクチンを作ったはずが、ゾンビウイルスを作ってしまったと」
「そういうことだ。あとで知ったことだが、ワクチン開発に狂犬病のウイルスなども使ったらしい。噛みつくとかはそれが影響しているのかもしれないな」ここで男は小さくため息をつく。
「このことを極秘に政府関係者が知り、不測の事態に備えるために厳重に管理することになった。そんな矢先、2年前に事件が起こる。厳重に管理していたワクチンの貯蔵庫に何者かが侵入して奪ったのだ。それから1年後にこのゾンビが出現した。おそらくは侵入者の仕業だろう」
「な、なんということだ」トミオは眠っているアンリのほうを向く。そしてうなだれた。
「だが、政府は奪われた直後から今回のことを警戒していたようだ。ひそかに残されていたワクチンの改良に着手した。つまりそのゾンビウイルスのワクチンを無効化できるワクチンの開発。そして先月ようやくそれが完成したということだ」
「それが、アンリに打ったワクチンなのか」トミオの問いにうなづく男。
「これの接種が始まって1か月。今までに分かったものとして、すでに意識がなくなり息絶えたものには効果がない。そのままゾンビになってしまう。
だが意識のあるうちに接種できれば、いったん記憶がなくなり眠りにつくが、24時間以内に目覚める。
それはゾンビのように知能に衰えがなく、今まで通り。記憶もしっかり残っている。そしてゾンビのように視覚、嗅覚、味覚にも影響がない。調べたところゾンビウイルスが消滅し、代わりに抗体ができて抗体種となる」
「抗体種?」
驚くと思うが、このワクチンを接種した抗体種は、以降ゾンビに噛まれたとしても、影響がなく感染しない。つまりゾンビに対して無敵となる。今だから言えるが、この私も先々週にゾンビに噛まれしまった。だが運よく意識のあるうちにワクチンを接種。おかげで抗体種となった。そして抗体種となった多くの人は、ゾンビから人を守るように、こうして毎日パトロールをしているのだ。あのふたりも同じだ」と男は同じ服装をした仲間を指さした。
男の話が終わると、トミオは男の腕をつかみ。
「では、僕にもそのワクチンを接種してください。そうすれば 僕も抗体種としてゾンビと戦います」と言って男の前で頭を下げる。だが男は静かに首を横に振った。
「残念だが、それはまだ認められていない」
「な、なぜ?」トミオは男に問いただした。
「まだ、このワクチン接種が始まったばかり。今のところは問題になっていないが、将来への副作用などは全くわからない。緊急事態だから半ばぶっつけ本番なのだ。
だから現時点ではゾンビに噛まれたものしか摂取することが許されない。もう少しの時間待ってくれ」
男に言われて、悔しそうに立ち上がったトミオはアンリのベッドに向かう。アンリは何事も無いように眠っている。トミオはアンリの前で涙を流した。
「すまない。だがあのままでも、彼女はゾンビになることが決まっている。万にひとつでも、生還するほうを望むべきではないのかね」
トミオはわざと男の言葉が聞こえないふりをした。そしてアンリの顔を見つめる。アンリは優しい寝顔で、静かに寝息を立てていた。
そして次に目覚めたら抗体種として生まれ変わるだろう。だが将来的に副作用があるのかどうか、その結果どうなるのかは誰にもわからない。
※こちらの企画に参加してみました(外伝のような参加?)
◆噛まれたら徐々に衰弱して死亡。そしてゾンビ化。無理ゲー。
◆足は遅い。
◆力は人並み。
◆頭を破壊しないと死なない。
◆知能は低い。
◆音に反応する。視覚、嗅覚、味覚はない。
第2弾 販売開始しました!
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シリーズ 日々掌編短編小説 283
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