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断捨離の喜怒哀楽

 突然皿が割れる嫌な音がした。「おい、大丈夫か」部屋にいた秋夫は、抱っこしていた娘の楓を横に置いてキッチンに入る。これは何か割れた音に違いない。食器か? グラス??
「はあ、ようやく断捨離できるわ」と、妻のもみじが笑顔で皿を割っている音であった。

「おい、正気か?何で、まだ使えるのに自分で皿を割っちゃうんだ? 」秋夫は、もみじがなぜこんなにうれしそうに、皿を割っているのか戸惑ってしまった。しかしもみじはそんな秋夫を見て不思議そうな表情。
「何言ってんの。この皿がオシャレじゃなくて、ずっと嫌だったのよ!」「嫌って、使えるのに」

 ここでもみじが、秋夫のほうに視線を合わせると睨むような表情。
「いくら『いらないからあげる』と言われて、あなたがタダで貰ってくるのはいいわよ。けど、あんなセンスの悪い皿とは思わなかったわ。使ってていつもストレス溜まりまくりだったのよ」

「センス? 皿なんて食べ物を入れるための器に過ぎないじゃないか」
「そんなことないわよ。器のセンスは料理を引き立てるわ。だって和食だったら和の雰囲気の皿だから良いのであって、それがフランスの食器の上に寿司とかてんぷらが乗っていたらちょっとおかしくない」

 もみじに言われて言葉に詰まる秋夫。しばらく考えるそぶりをする「... ...で、でも、陶器はいずれ割れるのに、わざわざ自分で割るなんてもったいない!」
しかしもみじはは一向に聞く耳を持たない。
「実は棚を整理してたら出てきたのよ。2年前に旅行に行った、北タイ・チェンマイの『ニマンヘミン通り』の雑貨屋で買ったあのセンスがばっちりの皿」「ああ、チェンマイか懐かしいな。旧市街の西のはずれにあったおしゃれなところ。同じタイでもバンコクとは一味違った北タイの雰囲気だ。また行きくなってきたよ」
「そうでしょう。あれ現地で配送手続きして」「ああ、タイ文字がわからないから英語で住所とか書いたな」
「そう、それが船便で届いたけど、あのとき何でだっけ?中を開けずに奥にしまって忘れてしまったのよね。ほんとうっかりしていたわ。

「で、その皿が見つかったと」
「そうよ。だからこの皿はもう用済み」といいながら、もみじは嬉しそうに次々と皿を容赦なく割っていく。
「なんか嫌だなあ」秋夫は首をかしげながらも、もみじに「悪いけど掃除してくれる」と言われたので、割った皿3枚分の破片を、ホウキとチリトリで集めて、ゴミ箱に捨てていく。

 すべての皿を割った女は、隣の部屋に置いてあった荷物を持ってきた。
段ボールにはタイ文字と中国語の文字が共存している。現地の企業名だろうか?「さて、楽しみね。オシャレな皿を開けるわよ」といいながら梱包を嬉しそうに解いていく。秋夫も手伝う。中から丁寧に包装された皿が顔を出す。もみじは嬉しそうにひとつひとつ取り出して包装を外した。
「うーん、さすが私が選んだ皿はセンスがいいわね。北方のバラという『チェンマイ』の雑貨屋さんで買ったおしゃれな皿で、今夜からご飯が食べられるわ。今日はタイ料理にしようかな」
「ああ、それは賛成だ、最近寒くなったし暑い国の料理もいいな」という秋夫に嬉しそうにうなづくもみじ。
「これ見てたらやっぱり私、タイならチェンマイの方がバンコクより好き 」「そうか?俺はバンコクのほうが都会でいいけどな」

 だが秋夫の話が耳に入っていないもみじ。3枚の皿を眺めながら女は自分の世界に入っている。すると横で小さいが嫌な音がした。秋夫が振り返ると部屋にいた娘の楓が、部屋でひとりに放置されていたため気になったようだ。だからキッチンに入ってきた。その際に足を滑らせて、食器にオデコが当たってしまう。泣き出す楓。秋夫は慌ててカエデのオデコをなでる。

 しかし、皿を見ていたもみじは楓より皿のほうの異変が気になってしまう。そして3枚のうち1枚の皿のごく一部分が少し欠けていたを見逃さない。「楓が、ああ。だから楓のをしっかりあなたが見てなかったから」
「あ、それは!俺が悪い。許してくれ! でもママ怖いね。楓ちゃん」と、秋夫は途中から子どもに言うしゃべり方で、楓の目を優しくみつめた。そして舌を出しながら面白い表情を作ると、彼女は泣き止んで笑顔になる。

 しかしもみじの表情は暗い「こんな欠けた皿なんか嫌! 」ついにもみじはその皿を持ち上げて割ろうとする。
「やめろ! それは割るな!!  少しくらい欠けても使えるじゃないか」楓の手を放して、皿を割ろうと手を挙げたもみじの手をつかんで抑えようとするもみじは抵抗をする。
「やめて、そういうのが嫌なの。ついでにこいつも割ってやる」ややヒステリックに言い放つもみじ。それを止める、秋夫の手も自然と力が入った。
 楓は両親が真剣に皿の争奪戦をしているのを真顔で見つめる。そのとき、もみじがバランスを崩して横に倒れ掛かると、欠けていた皿が手から離れてしまう。そのまま落下。先ほどの割った皿よりもやや大きく強い音がする。

 この直後、ほぼ同時にふたりはろう人形のように固まった。その皿が落下したのは、他の2枚の皿のちょうど真ん中。つまり残りの2枚も同時に割れてしまう。
 ただ事情の全く分からない楓だけが、驚きながらも割れた皿の破片を右手取って物珍しそうに眺めながら笑っているのだった。


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※そよかぜのアドベントカレンダーの3日目は、やん(矢野達也)さんです。

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シリーズ 日々掌編短編小説 318

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