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天皇誕生日に富士山のふもとへショートトリップ

「由美子、すまんなあ。ワシのために一日付き合わせて」「伯父さん、私にとっても今日は、いいリラックスタイムになりそう。ノープロブレム」
 後期高齢者である伊豆茂は、50歳代に差し掛かった姪、沖田由美子を呼び出し、ふたりでドライブに出ていた。
「だけど、お前この時期は忙しいじゃろ」「忙しいけど、税理士だって人間。1日くらい休んでリラックスしないと、確定申告締め切りまで体がもちません」車のハンドルを握りながら助手席に座っている茂に、由美子は淡々と答えていく。

「そういえば、今日は!」「そうよ。なんかうれしいわね。まさか税理士記念日が祝日になるとは」「ハハハハア、そりゃ日にちが同じだけじゃろ。あくまで祝日は天皇誕生日だからな」
「いいんです。当分は祝日確定だし私は嬉しいわ」

「それよりか2月23日は富士山じゃろ」
「そう、だからなのね。富士市に住んでいて晴れた日はいつも勇壮な姿を見ているけど、そう聞いたらやっぱりもっと近づいて富士見をしないと。そこで日帰りの富士宮ドライブショートツアーとはさすが伯父さんね」 由美子の口元が緩み、赤い紅の隙間から白い歯をのぞかせる。

「そうじゃ。じゃがすまんのう。もうワシは運転を息子たちに止められておってな」「いいわよ。本当に伯父さんには頭が上がりません。私の恩人ですから」

「ああ、ロータリークラブのことか」「そうですよ。伯父さんが現役時代に、ロータリーの会員様を多く紹介してくれたから、私みたいな新米税理士がどうにか食べていけたんですよ」
 信号待ちをしながら由美子の表情は相変わらずにこやかだ。

「まあ、ワシも縁があったからじゃ。ワシなど単なる商売人なのに、よくあそこに入れてもらえたもんじゃ。あとは社長連中。国際規格のISOやら難しいことをよく議論しとるんじゃ。あと佐藤いるじゃろ」「え、佐藤さんはうちの20年来のお得意様」
「お前にとってはな。じゃけどあいつは本当に面倒じゃ。何かあれば故郷・大分日田の咸宜園(かんぎえん)の話をする。江戸時代の私塾で先祖が通ってたらしいが、そんなもん、ワシ全く興味なし」

「日田かぁ、私一度行きたいところ。天領でしょ。独特の雰囲気があるらしいわね。それから帰りに湯布院か別府に立ち寄って... ...」
 車はどんどん富士山に近づいていた。すでに富士市から富士宮市に入っている。

「勝手にせい!」茂は一瞬不機嫌な表情をするが、すぐに何かを思い出す。「そうじゃ。秀樹の就職は?」
「ああどうにか会計事務所の内定が決まったの」「それはよかったな」
「あとは公認会計士の試験勉強に必死。あの子頑張ってるけど、取れるかしらね」

「多分取れるじゃろう。しかしやっぱり会計の道に進むんじゃな」
「伯父さんが簿記が得意だったからその血を受け継いだのかもね」
「じゃけど、お前の父さん。弟の清は全くダメじゃったけどな... ...」と、ここで茂の視線が遠くに向かった。
「でもあいつ、早かったなあ」
「そうね。あれから10年。娘の舞も今では母親。あんなに舞のこと可愛がってくれたのにね」「おお、舞はいま何カ月じゃ」
「えっと7か月目。この前見たらずいぶんお腹が大きくなってたわ」「そうか。それじゃあ立派な妊婦じゃな。ハハハハハ!」

 車は建物の並んでいる町中から、いつの間にか緑の多いところに差し掛かっている。
「あそうそう、大樹君は」「おう、だいぶ良くなった。一時は心肺停止とかで焦ったが、やっぱり孫は大学生で若い。来週にも退院できそうじゃ」「よかったわ。親より先に死ぬなんてじゃなくて、祖父より先にじゃねぇ」
「あたりまえじゃ。お、そろそろじゃな」「はい、伯父さんのリクエスト。白糸の滝に到着しました」

 白糸の滝の駐車場に車を停める。茂はスマホだけ持つ。由美子は風呂敷を手に持って外に出る。「風呂敷か」「はい、私はバッグよりこういう和的なもののほうが好きなんで」と右手に薄いピンクと白と紫が混じった風呂敷を持って外に出た。
 駐車場から土産物が並んでいる通りを歩いていくこと5分。「あ、あそこは音止(おとどめ)の滝ね」すでに遠くから瀑音が聞こえている。
 そして視線にその勇壮な姿が見えてきた。こうして豪快に音をぶつける音止めの滝を眺めるふたり。曾我兄弟の伝承で、滝の音が止まったという伝説からこのような名前が付いた。だが実際には止まるどころか、滝つぼに打ち付けるたびに鳴り響く、激しい音が周囲をとどろかせる。白い瀑布の勢いは眺めているだけで思わず引き込まれそう。
「これはまた、お、虹が見えておるぞ」茂はスマホを片手に撮影する。「いいわね。ほんと来てよかった。リラックスできるわ」
「由美子は普段、数字が相手じゃ。これ見てたら数字を吹き飛ばしそうじゃな」


 音止の滝からさらに歩くふたり、これもそれほど遠くないところにある白糸の滝。「あ、見えてきた」「どうせなら滝つぼ近くまで行くぞ」茂は、そのまま長い階段を下りて行った。
「よし、これじゃこれ。いいのう。まさに無数の糸じゃ」
 茂は再びスマホを手にした。その横で由美子も心地よい表情「マイナスイオン? 美容によさそう」とつぶやきながら白糸の滝を眺めつづける。

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 数分間の沈黙ののち、先に口を開いたのが茂。「由美子、この後の予定は?」「お腹空いたでしょ。いまからこの近くにあるオーガニックレストランで健康的な食事をしようかと」「オーガニックか、いいじゃろう。焼きそばよりもずっと健康的じゃ」
「それから伯父さん悪いけど、富士宮駅まで送るわ」
「何で富士宮駅? 富士まで一緒に帰らんのか。お前仕事か?」

「いえいえ、今日は終日休み。伯父さんと別れてから、山宮スポーツ公園でランニングをする予定です。最近仕事で体なまっているし、ちょっと体を動かしたいなと思って」

「おい、それならワシも付き合うぞ」「え、伯父さんもランニングするの?」驚くように目を見開く由美子。だが茂は笑って首を横に振る。

「いや、お前はランニングかもしれんが、ワシはウォーキングじゃ。ついてきていいか」「あ、それならもちろん。では、富士まで一緒に帰りましょう。何なら帰りに、ちょっと寄り道して田子の浦の工場夜景を見て帰ります?」と笑顔で頷く由美子であった。


追記:ちなみに太字は本日2月23日の記念日です。


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