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ちょっとコンビニ行ってくる #月刊撚り糸 第562話・8.7

「ちょっとコンビニ行ってくる」「あ、洋平、私も行く」  コンビニに向かおうとする酒田洋平に、鶴岡春香がついていく。

 同棲中のふたりは、この日、自宅近くにある丘の上に来ていた。奇跡のあの日。そう、宝くじの高額当選をしたあの日から、生活が大きく変わった。
 ふたりはこの事実を隠そうと、極力地味な生活を変えていない。むしろ意識しすぎて貧乏な生活になっていた。だが、唯一の例外として、土地付きの戸建て住宅を建てることを決めたのだ。

 今日は、購入候補の土地の視察。見聞が一通り終わったので、この後は昼ごはんを買いにコンビニに向かう。「それにしてもちょっと距離があるな」しばらく歩くだけで、いきなり洋平は不満を口にする。すかさず春香が反論。「それは洋平が、見晴らしの良い丘の上を選ぶからよ!」
「そんなこと言うな!」洋平の不機嫌な言い返し「これせっかくのチャンスだぜ。どうせらな納得できるところでないとな。さっきの見た土地、本当に良かったよ」
「後ろ崖になって危なくないかしら」「そんなことない。他の家も建っているし、あそこは地盤が丈夫だって営業も言ってただろう。それ以上に見晴らしが最高だ。今住んでるとこも見下ろせたしな」
 しかし納得できない春香。「でも、駅から少し離れちゃったし、前は平坦だったのに、ここだと坂の登り降りが、ちょっとね」「まあな。でもあの見晴らしが。あっ!」

 洋平が声を出したのは、コンビニの看板を見つけたことだ。
「やっとあったのね。丘の上って本当に店少ないわね」
「ここってニュータウンみたいなものかな。昔は単なる山だったんだろうなあ」洋平はそう言いながらコンビニの建物に向かう。
 確かに店は少ない。だが今ふたりが住んでいるところから徒歩20分程度しか離れていないし、最寄りの駅も同じ。
 なのにこの違いは? そしてコンビニもいつもいくようなところとは違って、やたらと駐車場が広い。まるで郊外に来たようだ。
「ということは、もしあそこに家を建てたら次は車かしら。でもあまり贅沢すると良くないわ」「春香、大丈夫だよ。だってたから」「あ、ダメ!」春香が止めて慌てて洋平は口を押さえた。
「あ、そうかごめん、絶対言ってはいけないことだ」高額当選の話は、ふたりのとき、それも家の中でしか話してはいけないと決めている。

 入口に入ろうとすると、バイクが入ってきた。そして車も出ていく、ナンバープレートに視線が入る。それはふたりの住んでいる地域とは、違う隣の県のもの。
「県外から来ているのか? まあいいや」ふたりはこうしてコンビニに吸い込まれた。

 コンビニに入ると、いつも行くコンビニとほとんど変わらない。同じ系列と言うこともあるからだろう。オリジナル商品も同じだし、キャンペーンの内容も変わらない。品ぞろえもほぼ同じだ。そのことが安心したかのように、お互い黙って好きなものをさがすと、レジで清算した。

「あそこに、イートインコーナーがある」洋平はコンビニの外の席を見つけ、そこで昼食を食べることにした。
「ここ、いいロケーションね。あ、空いてるわ」コンビニも先ほどふたりが見た土地同様に、崖に面していた。イートインの屋外のテラス席はそれが見えるように設置している。そのようなこともあり、近隣の人の憩いの場となっていた。もうお昼のピークタイムを遠にすぎているのにもかかわらず、用意していたテーブルのほとんどが埋まっている。
 かろうじて開いていたひとつのテーブルと椅子を見つけてふたりはそこに腰掛けた。
「ここからも見えるなあ。いいところだ」洋平はそう言いながら温めてもらった弁当のパッケージを開ける。春香はサンドイッチを購入していた。ペットボトルに入ったお茶を飲みながら風景をぼんやり眺めて、各々の食べ物を食べていく。

「やっぱりいいわね。あそこだったらこの風景見られるのね。そしたら私、毎日の坂道の上り下り頑張るわ」と春香がつぶやいた。「本当か!」嬉しそうな洋平の表情。
「よし、あそこも崖沿いにテラスを作ろう。そしてプライベートなテラス席から、こうやって風景を眺める」
「すごく良いわ、それからね、夜になったら夜景がきれいなんじゃない」「それだけではないよ。こっちは西方向。つまり夕日がきれいなんだ」
「へえ、そうね。どんな夕日なのかしら。素敵ね」
「だろう。あそこは結構坪数があったから予定より庭を広くできるぞ。そうしたら友達読んでホームパーティだ」

「うわぁ、それいい。毎週週末になったらBBQね。それから夏だったら手持ち花火も自由よ」「そう、敷地内だからちゃんと火の始末さえすれば誰にも文句は言われない。だったらプールを設置したらより安心だな」
「プール! 洋平さすがにそれは無理よ」
「春香そんなことないって。今度、専門の人に計測してもらうけど、あそこなら、ふたりが泳げるくらいのスペースは行ける。それに競技用である必要がないから、手前の方に傾斜を持たせよう。そこに人口の砂浜を敷いてもいいな」
「え、そしたら夏になってもプライベートビーチになるわ! それならココナッツの木も植えようかしら」

 ふたりは夢を語りだして、完全に周囲が盲目になっていた。ついつい妄想も声も大きくなる。ふたりがあまりにも一般からかけ離れた妄想を繰り返し大声で語りだすので、周りの人の鋭い視線がそのままぶつけられる。

「あれ、ねえ、ちょっと」それに気づいたのは春香。「え!」続いて洋平が気付く。何事もなくみんなの視線が外れたが、明らかにおかしな余韻を感じていて、あたかもふたりを笑いながら噂しているように見える。

「え、やっちゃったかな」「ねえ、とりあえず出る?」「うん」洋平は何度もうなづいた。
 こうしてふたりは、あえて何事もないかのように立ち上がって胸を張る。そして気持ちの上では逃げるように、コンビニを後にするのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 562/1000

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