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奈良盆地を一周する? 第910話・7.22

「どうだった、優しい両親だろ」「うん」交際を初めて5年、先月ついにプロポーズをしてきた彼との結婚を決意した私は、奈良県と京都府に接する住宅地、高の原というところに来ていた。
 ここには彼の両親が住んでいるというので、そのあいさつのために昨日から来ている。昨日は彼の実家に宿泊。

 先週は名古屋に住んでいる私の両親のところに、彼があいさつに行った。だからとにかく忙しい。この後は結婚式場を決めたり、新婚旅行をどこにするかを決めたりと、本当に忙しくなりそうな気がしている。
「ねえ、今日は予定ないでしょ」私は気晴らしがしたくなり、彼に質問した。「う、うん、とりあえずもうこのまま帰ってもいいけどな」私たちは浜松で同棲している。本当はこの後、京都に出て新幹線で帰る予定。だが、私はせっかく奈良に来たので、もう少し遊んでみたかった。

 ここで私は何気なく奈良の地図を見ていると、面白いことを思い立った。すぐに彼に提案。「ねえ、せっかくだから奈良盆地というの一周してから帰らない」「ええっ!」彼は私があまりにも想定外のことを言ったからだろうか、声が裏返った。

「奈良盆地を一周、そんなの考えたことないけど......面白いな。やってみよう!けど最終の新幹線は、えっと京都駅21時38分発だな。これまでには戻るぞ」
 時刻はまもなく午前10時。12時間近くあるから十分間に合うと思い、私たちふたりは近鉄高の原駅から奈良盆地一周の小さな旅に出た。「まず近鉄の奈良に向かいましょう」10時5分発の電車に乗り、途中、西大寺駅で乗り換えて近鉄奈良駅に着いたのは10時23分。

「せっかくだから、やっぱり見に行くか。大仏とか」私はどちらでも良かったが、どうしても彼は奈良の大仏や鹿を私に見せたかったらしい。
 そのまま奈良公園にいって、大仏や鹿を見る。ついでにお昼ご飯も食べたので、JR奈良駅に来たのは午後14時前になってしまった。14時24分奈良発の列車に乗り30分、15時前に桜井駅に到着。
「どうやら奈良盆地で、一番東の一角を通ったみたいね」私は地図を片手に眺めてみる。東側には山が見えたが、西側に山があまり見えなかった理由もうなづけた。
「次は、この吉野口という駅まで行って乗り換えましょ」いったいどこからどこまでが奈良盆地の範囲か、私にはよくわからない。特に奈良盆地の南側は複雑だ。地図を見ながら直感で駅を指定する。私の良くわからない提案に彼は嫌な顔ひとつせずに応じてくれた。この優しさが私を結婚という決断をしたことは間違いない。

 15時27分に桜井駅を出発する近鉄電車に乗り、大和八木駅で近鉄吉野線に乗り換える。こうして15時59分に吉野口駅に到着。ここから再びJRに乗り換えた。「次はえっと、40分待ちか」私は時計を見て軽くため息。
「おい、これって間に合うか?」彼の視線が少し鋭く感じた。「多分、大丈夫。まだ時間あるし......」私は内心焦ったが、わざと白い歯を見せ、笑ってごまかす。

「それよりも、この近鉄南大阪線の二上山駅から近鉄大阪線の二上駅までどのくらいかしら?」
「え!まあ、時間があるからな。もう」彼は少し不快なそぶりを見せつつもきっちり調べてくれる。「多分、15分くらいだ。ここ歩くのか」
 私はうなづいた。しばらくしてJRの列車が入ってくる。吉野口から次の御所までは3駅、17時前には到着した。「あ、ここも歩くんだ」私は知らなかったのだ。JRの御所駅と近鉄御所駅は少し離れていることを。と言っても5分で到着できる距離。

 近鉄御所駅を17時24分発の列車に乗り、途中尺度駅で乗り換える。二上山駅には17時49分に到着。ここから歩いて二上駅に向かう。二上駅18時39分発の列車に乗る。ここは本当に近くて2分で近鉄下田駅に到着。ここでまた歩いた。ここも5分程度の距離。JRの香芝駅に到着した。ここからもう何度目かも忘れたが、JRに乗って王寺駅に着いたのは19時4分である。

「おい、タイムリミットまであと2時間だぞ!」彼が急に焦りだした。でも私はここでふと思い出した。奈良公園でのんびりしたいと言ったのは彼の方なのに何をいまさら」と。もちろんここで反論はしない。私は「大丈夫、大丈夫」とそれをひたすら繰り返す。
 王寺駅からは近鉄生駒線に乗り込んだ。時刻は19時13分発。ここは奈良盆地の西側を通るから、間近に生駒の山が見えるはず。だがすでに暗くなっていて山影がかろうじて見えるか見えないかくらいだ。19時37分に生駒駅に到着した。
「学研奈良登美ヶ丘行きはっと。あ、これって大阪からくる地下鉄?」私は路線図を見てわかったが、「あ、そう」彼のテンションは低め。奈良盆地一周に後悔しているのか、ただ疲れたのか、どちらかはわからない。
 明らかに口数が減っている。今日中に帰れるのか不安なのかもしれない。私はあえて知らぬふりをして、19時45分発の電車に乗り込んだ。こうして19時55分に学研奈良登美ヶ丘駅に到着した。

「ごめんね。こんな変なのに突き合わせちゃって」私はとにかく彼に謝る。「でも、ほぼ奈良盆地一周したわ。ここからは鉄道の線路が無いからバスで高の原ね」彼は一瞬こわばった表情をしたがすぐに、作り笑顔を見せる。「いいよ、君が満足してくれたから」と言ってくれた。

 20時18分発のバスに乗る。時間は20分足らずで、20時35分に高の原駅に戻った。後は京都駅に向かうだけ。20時55分発の京都行きの急行列車に乗ること30分あまり、21時29分に京都駅に到着。
「急げ、あと9分だ!」突然彼のテンションが上がった。すでに私たちは京都からの新幹線の自由席のチケットは持っている。

 だが21時38分京都駅発の最終新幹線。残り9分で新幹線のホームに向かわなくてはならない。幸いにも近鉄京都駅と新幹線のホームは非常に近く、近鉄の改札を出た正面が新幹線の改札口。全速で走ること5分でどうにか東京方面のホームに到着した。ふたりは息を切らせながら、新幹線が入ってくるのを待つ。

ーーーーーー

 新幹線が夜の街を高速で駆け抜けていく、このあと私たちは名古屋でこだまに乗り換える予定だ。
「間に合って良かったね」「まあな。最悪、京都で泊って朝一番の新幹線にするしかないとか思ってたよ」
 彼はようやく笑顔に戻る。それを見た私も安心して笑顔になった。
 


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