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ゴミ屋の娘が憲法を学ぶ

「何よ! ゴミ屋の記念日って」「結愛、そんなに怒るなよ。明日5月3日は『ごみの日』ってちゃんと記念日があるんだ」
「そうよ、そりゃうちはゴミ屋だけど。父さんの仕事ってすごく大事なの。世の中の環境を毎朝良くしているんだから」

「ウルサイ! 明日は憲法記念日でしょ。もうこんな親イヤ」塾帰りの中学生。結愛は、両親に叫ぶような大声を出すとそのまま2階の自室に駆け込んだ。

「何よ、ゴミ屋、ゴミ屋って、どれだけ私が学校で気を使っているか『ゴミ屋の娘』なんて一歩間違えたらいじめのターゲットよ」
 結愛は自分の置かれている環境を恨んでいる。父親はゴミ屋。早朝にごみ回収の車を動かして、契約しているショップやカフェ、居酒屋といった店のごみを月決めの有料で毎日回収している。
 そして回収したごみを、産廃業者などに持っていくことで生計を立てていた。街のごみを回収するという地味ながらも重要な仕事を請け負っているが、中学生の結愛は理解できない。

「もう、私は絶対に国立大学に行く。そして弁護士になる」
 結愛は弁護士を目指していた。通常の勉強とは別に法律の本を買って学んでいる。そしていつか司法試験を合格し、弁護士として今の生活から抜け出そうとしているのだ。

「よりによって、憲法記念日がゴミって、何でそんな日なのよ。5月3日って語呂合わせと一緒に」結愛は独り言で文句を言いながら六法全書を取り出す。そして憲法の条文から改めて眺める。
 しかし法律の条文を眺めるとついつい襲われるのが睡魔。今日は進学塾のほうもテストがあり一苦労。余計に睡魔が襲うのだ。でも司法試験のために結愛は頑張った。

 それでも視力が麻痺してきた。文字が見えたと思えば、ぼやけて記憶がない。ふと気が付けば同じようなところに止まっている。「くそ、もう何で!」結愛は怒りのあまり自らの頬を思いっきり叩いた。

「何でそんなに怒ってるの」後ろから声が聞こえた。結愛が振り向くと少し年上? 近所の高校の制服を着た女の子。でも結愛が知らない顔だ。
「だ、だれ?」「結愛ちゃん、心配しないで。ただ私はそんなにイライラしている結愛ちゃんが心配で」
「あ、だって」「知っているわ。弁護士を目指すのね。頑張って。でもちょっと無理しすぎているわ」
「でも、ゴミ屋の娘がいやなのよ。だから国立大学行って!」結愛の語調が強くなる。

「それはわかるけど......。そうだ。せっかくだから面白いものを見せてあげるわ」
「え? 面白いもの というよりあなた誰?」結愛の問いに女の子は笑った。
「私はアオと呼んで。ではいくわよ」アオが語り終えると突然目の前が真っ暗になる。

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 あれ、ここは? 結愛は見知らぬ風景を見た。すると見慣れない民族衣装を着たヨーロッパ人たちが目の前で何かをしている。「王様役?」結愛は豪華そうな椅子に座っている人物を眺めた。
「ジョン国王、マグナ・カルタへの同意にご署名を」
「く、うう、おのれぇ......」ジョンと言われた王は悔しそうに体を震わせる。周りで彼を囲っているのは貴族のようだ。

「国王? あの体を震わせている人?」「そうここは1215年のイングランド。あの人はジョン王よ」結愛の横にはアオがにいる。
 気が付けば王は署名を終えていた。すると周りの男は突然ひざまづく。「国王陛下万歳!」と叫んだ。

「一体何。このマグナ・カルタって」「貴族や聖職者の権利を認める法律なの。それまでは王の独裁で好き勝手なことをしていたので、みんな疲弊した。それを止めさせようとした法律なの。
 それが現在の憲法でもっとも古いといわれているもの。21世紀の英国憲法の一部にもこの条文が残っているそうよ」
 アオは詳しい。結愛は全く知らないでいた。

「きゃー」見るとまた場面が変わっている。ふたりの後ろを騎馬に乗った軍隊が通過した。砂埃が待っている。「何、一体」「マグナ・カルタは制定されたけど、国王はそれを平気で破るの。だからああやって戦争が続いたわ」「何それ? ルールを無視するってひどい王様ね」結愛はあきれたような声を出す。

するとまた画面が暗くなる。数秒後に画面が変わった。どうやら建物の中だ。
「今反対派が復活祭で休んでいる。チャンスだ。予定より2日繰り上げよう。今すぐ制定を!」
 先ほどと、風景が似ているが、少し近代化しているようにも見える。
「ここは?」「議事堂の中、今から憲法が制定されるのよ」
 やはり結愛の横にはアオがいる。目の前では、空席が目立つが気品を感じる議員たちが座っていた。壇上の前にいるのは議長だろうか?
「議長、近衛兵を配備しております。これならモスクワ党の妨害は防げます」「よし、ではこの1791年5月3日、ポーランドリトアニア共和国憲法の是非について採択を行う。賛成の者は」
「おい、開けろ。日程をずらすな!卑怯だ!」議会の外では締め出された反対派の怒号が聞こえいる。だが議事堂の中では、賛成多数により憲法は正式に制定された。

「ポーランド・リトアニアって?」「この時代はポーランドとリトアニアが一つの連合国家だったの」 そしてもう200年以上続いたこの国家は間もなく分裂するけど、その過程でこの5月3日憲法が制定されたの」
 アオが説明する。結愛はなぜアオこんなに詳しいのか疑問に思いつつも来ている制服より「高校生だからだわ」と勝手に解釈。「5月3日憲法って、日本国憲法と同じ日なのね」
「そう、でも1年しか効力がなかったわ」
「たった1年! 日本国憲法はもう70年以上も続いているのに」結愛にとっては驚きの連続だ。

「5月3日ついでに面白いものがあるわ」アオがつぶやくとまた画面が暗くなる。
 こんどはどこかの島か? 視界には青い海が広がっていた。人の気配がする。遠くからうなだれた男が、何人かと共にこっち向かっていた。
「あれは?」「ナポレオン・ボナパルトよ。結愛ちゃん知ってるかしら?」「ちょっともう、ナポレオンくらい知ってるわよ。『余の辞書に不可能の文字はない』って言った人でしょ!」結愛は少し不機嫌に言い放つ。

「そう、彼は英雄と言われたけど、結局敗れ去って捕まったわ。ここはイタリア沖にある地中海の島。エルバ島よ。フォンテーヌブロー条約の締結で1814年5月3日にここに連れてこられたの」「5月3日に!」
「息子はどこだ! なぜ余と引き離した!」
「陛下、ご子息は、母君と共にオーストリアに帰国します」「なぜだぁ!」
「恐れながらあなた様はフランス皇帝の地位を退位されました。この島の主権者としてこの島の中においては、皇帝の称号を引き続き認められております。ご子息もやがてパルマ公国の統治者となられるでしょう」

「この後ナポレオンはこの島を出て再度皇帝に返り咲いたけど、また100日ほどで破れたの。大人しくこの島にいれば、一応統治者として余生を過ごせたのにね」アオは歴史を冷静に分析する。結愛が口をはさむ前に画面が変わった。 

 今度は今までと雰囲気が違う。今まではヨーロッパ。だがここは東洋の香りがする。「これは、まさか日本? また軍隊が!」
 ふたりの前を軍隊が通り過ぎていく。彼らは菊を象った旗やのぼりを持っている。その軍隊の向かう先は城のようだ。
「これは江戸城が無血開城したシーン。1868年5月3日に起きたことなの。当時の日本の暦なら慶応4年4月11日だけどね」アオは解説する。

「5月3日ってすごい激しいことが多かったのね」「まあここ数百年の凝縮だから。他の日もいろんなことがあるわ。結愛ちゃんどのくらい知ってた」「全然、初めて知ることばかり。アオさんありがとう」
 結愛は礼を言うとアオは笑顔になる。
「うれしいわ。結愛ちゃん知らないこと多いでしょう。六法全書の丸暗記もいいけど、もっと世間のいろんなことを吸収しないとね」「そ、そうね」結愛はやや引きつった表情で答えた。

「それを考えたら21世紀はまだ平和ね。戦いも少ない。それから昔も今も街をきれいにするのは、ゴミ屋の仕事。結愛ちゃんのご両親の仕事もっと誇りを持ってあげて」
「そっかぁ。いつの時代も人が生活すればゴミが出る。それを掃除する人が必ずいた。だから町は清潔を保てる。そうね。はい、アオさん。そうします」結愛はゴミ屋の娘であることへの恥が無くなっていた。

「あ、結愛ちゃん。これ私が大切にしていた人形。あなたにあげる」アオは突然人形を結愛に手渡した。「え、この人形って?」
「それはリカちゃん人形よ。5月3日はリカちゃんの誕生日なの。覚えといてね」
「え、リカちゃんって」結愛はアオに渡されたリカちゃん人形を見ていると、アオの姿はない。気が付くと自室にいて時刻は深夜0時を過ぎていた。

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「おはよう」結愛は昨日の手前もあり、リカちゃん人形を持ったまま、笑顔で居間にいる両親に挨拶した。
「おう、起きるのが遅いな。もう朝の回収を終えて来たぞ」と父は言いながらうまそうに食事をとっている。
「父さん、お仕事お疲れ様!」それを聞いた結愛の父は、驚きのあまり目を見開く。そして横にいた母と目を合わせた。
「あれ、結愛? そのリカちゃん人形どうしたの」母は結愛のもっているリカちゃん人形を見て驚いた。
「それ、葵が大切にしていた人形!」「葵って?」
「ああ、あなたの3歳年上のお姉さん。そうよね、あの子はあなたが3歳の今日事故で」「え!」
「今日は葵の命日じゃ。だから今から墓に行くぞ」と父。
「え、あの人が まさか......」 結愛は、目の前のリカちゃん人形を見つめる。そして心臓の鼓動が耳元で聞こえるのだった。




追記:先日書いた小説が公式マガジンに選ばれました。小説書いたことある人ならわかると思いますが、書いていてこれが本当に『小説』なのかわからなくなることがあります。
そんな折にこういうオフィシャルなところで選ばれましたら、自分の書いているものは小説で間違いないと安心しますね。ありがたいことです。

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シリーズ 日々掌編短編小説 468/1000

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