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火星大接近

「おい、真理恵!」「あ、あれ。夢か」私は彼・一郎に起こされた。私はよく夢を見る。だからたまにうなされるの。今回も嫌な夢を見たわ。
 でも、このときは違ったの。いつもなら目覚めると、夢の内容をすぐに忘れるけど、今日は、はっきり覚えている。「怖かったわ。タコ」「タコ?珍しいな。覚えているのか」彼の声に私は小さくうなづくと「タコみたいなのが出てきて、足を突き出して私を襲ってきたの。でも体が大きくて、また黒くて、大きい目と口が笑っていたわ」
 すると彼は私の手を握り、そして背中をさすってくれたの。「大丈夫。疲れているんだろう。それは多分昨晩食べたのが、タコの酢の物だったからだよ」

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 朝になると彼は大学に向かった。大学院生として研究している日々。最近は教授からの紹介で、非常勤講師もするようになってますます忙しいから、夜も遅くなることが多いわ。でも今日は早く帰ってくるの。だって2020年10月6日は火星大接近の日。この機会を逃したら次に火星が地球に近づくのが10年以上先になるって、先日行ったプラネタリウムの人が教えてくれたわ。

 だから、彼が戻ったら一緒に火星観察。だからそれまで私の農園「コスモスファーム」も気合入れないと。
 幸いにもこの日は天気が良かった。もう真夏のような暑さに悩まされることはないけど、昼過ぎは少し暑い。でも今日の夜の楽しみのため、大切な野菜を必死で管理した。私の子どもと言ってもおかしくない野菜も、10月に入ってちょっと過ごしやすくなったからかしら。最近元気になっている気がした。

 農作業が終わったのが午後3時過ぎ。私はこの後、パソコンでネットを駆使して情報収集するの。今日はもちろん火星について調べようと、彼が帰ってくるまでにある程度情報をつかめば、より楽しい火星観察ができると思うから。

「とりあえず今日は注文は入ってないわね」最初にネット販売もしている、野菜の注文がないかチェック。それが終われば、ツイッター、noteとかのチェックと続くわ。そのあたりがひととおり終わったらいよいよ情報収集よ。 さて火星について基本的なことは知っている。
「火星探査のこととかそれはいいの。できれば今日のこと。そう、火星観測の情報が欲しい」私はネットサーフィンをつづけた。でも日本語での情報は、私を納得させるものではない。だから翻訳機能を使って、”Mars approach” で検索したわ。

 やっぱり英語のサイトになると日本とは大違い。情報の量が違う。NASAのものとかもある。でも私あまり英語得意でないの。翻訳である程度は把握できるけど、やっぱりよくわからない。でも今日を逃すと10年以上先になると聞くと、必死になったわ。火星大接近に。

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 どのくらいクリックしたのかしら? もう覚えていないわ。でも気になる動画を見つけたの。「Mars Please」なんだって。再生時間は57分とある。
「これ、いいかも。1時間なら見られるわ」私は何の疑問もなく、その動画を見ることにしたの。

 クリックしたら動画が始まったわ。英語の説明だけど映像が素敵。あまり詳しくないけど、これって、4kってやつなのかしら?細かいことはともかく、鮮明な画像だから見ていてすぐに映像に引き込まれたわ。ただ画面を通じてみているだけなのに、知らない間に、私が広大な宇宙空間に放りだされたみたい。

 3Dっていうのかしら? そんな気分にさせてくれるような画像が続いて流れている。画面はロケットの中からスタート。それが地上から打ち上げられるシーンが映し出されて、そのまま宇宙空間。大気圏には成層圏とか熱圏とかそういうものがあると彼が言ってたけど、私はわからない。映像はあっという間に、真っ暗な宇宙空間に上がっていたわ。

 でもこの宇宙船?は、そのまま突き進むの。しばらくして左手に大きな丸が見えたのは月なのね。だからそのまま通過して、火星に向かうというストーリーなんだと私すぐにわかった。「それはいいけど、なら火星で何を見せてくれるの?」

 あ、私はひとりだということを油断して声出しちゃった。目の前に火星が見えてきた。そのまま宇宙船は火星に行くのね。確か火星には2万メートル以上もの標高がある、太陽系最大のオリンポス山というすごい山があると聞いたけど。「その近くに降ろしてくれたりしないのかなあ」
 すると目の前に大きな柿色の惑星が見える。そう私も知っている火星だわ。本当に赤い星なのね。青い地球とは大違い。でもそのまま近づいていく、やがてなに?すごい重力のようなものを感じるわ。目の前は嵐のような空気の激しい流れが見える。「え、これって映像よね。そんなにすごい圧力って、あ、え、何、あ、あああ!」

 私は、次の瞬間目の前に赤い大地が広がっているのを見ているの。「え、火星の地上?」私はよくわからないけど、体が動く気がしたわ。だから「足とかが動くかしら」と思って、右手に力を入れたら本当に動いたの。同じように左足。やっぱり動いたわ。
「え、これってすごいVRよね。なんで? 本当に火星に来ているみたい。でも、普通に呼吸できるからいいのね」私はよくわからないままに、左右の足をこの世界で動かした。「どんどん前に進む。じゃあ手は?」
 もちろん動かしたわ。やっぱりそうよ動くのよ。「え!本当に私火星に来たの?」なん思ってしまうほどの雰囲気。
 じゃあ楽しもうと、そのまま歩き続けたの。火星には大気があるらしくて、月で見た画像のように地上から、即暗闇の宇宙空間ではない。でも不思議な光景。「赤っぽい空だし、目の前砂漠しかないじゃん」

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 そんな風に歩いていると、遠くから集団の影が見える。それがどんどん近づいてくるの。私は意味が分からい。え?それって宇宙人。それは刻一刻と近づいてくる。でも集団はあるところで動かなくなったわ。代表者?ひとつの物体が私に向かって近づいてきた。
「あ、まさか!」私は思わずつぶやいてしまったの。

 そう、その物体って実は昨夜、夢に出てきたものと同じなの。タコの形をした大きな黒い目をした物体がこっちに近づくの。でもタコじゃない。黒い目が本当に大きくて、感情がわかるような形しているし。足はともかく普通に歩いているように見える。でも確かに吸盤らしい小さなこぶのような穴が、足に張り付いているから、タコなのかもしれないけど。

「ナニモノダ! チキュウカラキタノカ?」
 エコーがかかったような声でタコが、私に話しかけてきた。「はい、で、あなたは、火星人の方?」怖かったけど私は話してみた。すると「カセイジン? ショクンラ チキュウノ モノハ ソウイウノカ?」と言ってきた。私は怖かったけど。「はい」と素直に答えたの。するとタコは黒っぽい目を大きく見開いて笑いだしたわ。
「ファファファ! ナルホド ダガ、ワレワレノナマエハ『カセイジン』デハナイ。『グレイ』 トイウシュゾクダ。キミタチハ、『レイチョウルイ』 トイウ シュゾクカ?」

 ここにきて、私は初めて怖くなったわ。でもどうすることができないから「霊長類は正解です。でも私はその中でも人間といわれています」と答えた。でも彼らは反応しない。まるで機械が故障したみたいに固まっているの。しばらくそのまま。だから私は身震いしたの。そしたらそれは正解。急に彼は、表情一つ変えることなくイボの穴がが無数についた手、足?わかんないけど、それを2本私に向けて伸ばしてきたの。
 だから私は思わず『キャー』と大声を出した。そのあと「真理恵!」と聞いたことのある声。そのあと体に感触があると思うと、突然画面が部屋に戻ったわ。

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「おい、帰ってきたら突然、悲鳴が聞こえたから、何があったのかと、思って慌ててきたら、また寝てたな!」「あ、一郎お帰りなさい。え?いや、今グレイという火星人が」と私が変な言い訳をしたら、彼はあきれ返ったように首を左右に振る。「また夢見てたんだろう」そういうと彼は私が見ていたパソコンを見た。
「ああ、これ見てたのか。ハハァ、これは火星旅行の疑似体験ができる動画だな。なるほどこれを見た途中で寝てたのか。まあ農作業は疲れるもんな。でも、真理恵。大声出したから俺びっくりした。もう心配させないでくれよ」

 私はそれを聞くと、無意識に彼に抱きついた。

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「大丈夫だ。気を取り直して、今日は火星大接近の日だ。今から見に行くぞ」「あ、そうね」私はそういうと席を立って、望遠鏡の置いている部屋に歩いたわ。
「うん、でも真理恵、望遠鏡もいいけど、せっかくの大接近だよ。今日は肉眼で火星を見ないか?」「え、あ、そうか望遠鏡だと、遠くに火星があっても見えるもんね」私は、望遠鏡のある部屋までいったけど、そのまま彼のところに引き返した。そしてそのまま外に出る。

「よし、もう見えるぞ」彼の一声。たしかに外はもう暗い。「えっと、あ、あれだ。位置といい、あの安定的な明るさ。間違いない」と彼が指さす方向を見た。確かにあそこにはっきりと、ややオレンジかかったようにも見える星があった。

火星

 私はさっきも含めて、火星人らしい存在が登場した夢を見た理由はわからない。でもそんなことより肉眼で、点のようにも見える火星を見るだけでよかった。あそこに生命体がいようといまいとどうでもよい。
「月、太陽以外のはっきりした星が肉眼で見られただけで十分だわ。ありがとう一郎」
 無意識に彼へのお礼が出た。彼はすぐに反応しない。でも私はわかる。彼が右の眉を一瞬動かしたこと。そしてそれは喜んでいるという意味であることも。



まだ間に合います。10月10日まで募集しています。
あと5日を切りました。よろしくお願いします。

こちらは96日目です。

第1弾 販売開始しました!

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シリーズ 日々掌編短編小説 261

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