テトと節分 第741話・2.3
「なるほど、テト、はいはい、聞いたことありますよ」グルメ雑誌の編集長で記者も兼任する茨城は、あるベトナム料理店の取材に来ていた。
この日のテーマは各国の春節というテーマで、中国の春節以外で各国が旧正月をお祝いしているものに、どういうものがあるのかという内容。あえて中国以外の関係する国々の料理店を回っていた。
と言ってもなかなか限られており、各国ではそこに住む中華系の人がこの日をお祝いするというパターンが多い。だが、ベトナムは「テト」と呼び、独自で国民全体が旧正月のお祝いをするのである。
茨城は取材をしたいということで、あらかじめベトナムの正月テトで食べる料理を作ってもらっていた。
そして取材当日。この日は定休日ということで、茨城が来るとすでにテーブルにベトナムのテト料理というものが並んでいた。
「2022年は2月1日がテトで、現地では前後1週間近くはテト休暇ですね」と流ちょうに話すのは、ベトナム人のクイン店長。
「なるほど、日本では新暦の正月をお祝いしますが、ベトナムや中国では旧正月が大事なんですね」
「ええ、古くから使っている暦の正月ですからだと思います」年は40~50歳くらいの女性。日本語で質問する茨城にも適切に答えていた。
「では、早速ですが料理の紹介を」
「はい、ベトナムでは、こちらのバインチュン（Bánh chưng）と奥にあるバインテット(Banh tet)を作るのが習わしです」
「ほう、これはバナナの葉で包むのですかね」茨城はバナナにくるまれている粽のようなものを眺めた。目の前には、鮮やかな緑の葉に包まれたままのものと、すでにはがされて中身が見えた、二種類の現物が置いてある。これはクイン店長が気を利かせて比較できるように置いてくれたのだ。
「はい、バナナの葉は、現地ではいくらでも手に入るので、食べ物を包むのには最適ですね。中に入っているのは、もち米と肉。それから豆なので特にごちそうとかそういうのではないのですが、これを長時間茹でて作ると長持ちして正月料理には最適なのです」
「なるほど、日本でもおせち料理というのは数日持たせる料理。年の初めはどこの国もそういうことなんですね」茨城はそういいながら真剣にメモを取る。
「では、この料理はいつごろからベトナムで食べられているのですか？」「はい、文郎国の時代からと聞いています」
「文郎国？？」茨城は聞きなれない国名に思わず目が見開く。「あ、これはベトナムで最も早くにできた国の名前です。フン王と呼ばれる王の時代に食べ始めたとかで、次のようなエピソードがあります」
クイン店長はいったん口を閉ざし、横にあったグラスの水を飲む。そして再び語り始めた。
ある日のこと、そろそろ子どもに王位を譲りたいと思っていたフン王は、息子たちを呼び出します。「次のテトを祝う供え物として、一番素晴らしく美味しい料理を見つけたものに王位を譲ろう」と、フン王は息子たちに宣言。こうして複数人いた息子たちはテトの日までに必死に探し始めます。
そのなかのひとりランリュ（Lang Liêu）は、ある日夢を見ました。「この世にある食べ物の中で、米ほど貴重なものはない。天地の象徴を表すために、もち米を使いなさい。大地を示す四角や天を表す丸形に型どった米のケーキを作りなさい。そのときにバナナの葉で包むのです」とのお告げを聞きます。
「不思議な夢を見た」王子は夢から目覚めた後、緑豆ともち米と豚肉を使って、夢の中で言われたとおりにその食べ物を作り、それを王に献上しました。四角いバインチュン（Bánh chưng）と丸くて細長いバインテット(Banh tet)が、王から絶賛。その際に王子は王に夢の話を語ると、その場で王位が譲られました。
「これは貴重なお話ありがとうございます」話を聞いた茨城はメモを取った後、クイン店長に礼を言った。その後、料理を撮影し、実際にこのふたつの料理を試食する。
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「今日は、なかなか珍しい料理を食べた。もち米のケーキか、これは良い記事が書けそうだ」
茨城は店を出て事務所に戻る。ちょうど途中まで来ると寿司店が店で、巻きずしを並べていた。
「うん、あ、そうか今日は節分だったな。それで恵方巻を販売しているんだ。こういう仕事をしていると、ついつい季節を忘れがちだなあ。よし今夜食べてみるか」
と、このときに節分のことを思い出した茨城は、恵方巻用の巻きずしを購入。ついでに別の店に立ち寄って豆とイワシも買うのだった。
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