見出し画像

名家の娘 第882話・6.24

「うむ、間違いない。流石は我が一族の娘である」娘の父親は威厳のある声でそこまで言い切ると、笑顔になる。そのあと父親は軽く咳ばらいをすると、この家の歴史について延々と語り始めた。

 要約すれば父親は代々伝わる古い商家である。蔵に残されている記録によれば、室町時代、足利義満の時代にさかのぼるのだという。だがその後迎えた戦国時代は戦続きで商売どころではなかったようだが、それでも細々と商いを行い、豊臣秀吉の家臣に献上品を出したこともある。そのあと江戸時代を迎えた。
 江戸時代になって立派な店を構え、それから商売が軌道に乗ると豪商になったのだという。今の家は江戸初期に建てたものであったが、江戸後期や明治時代に手を加えてしまっているから文化財的な価値は少し薄いそうだ。

 だが肝心の商売は相当儲かっていたらしく、当時この場所を支配していた殿さまに相当献金をしたらしい。そのため特別に認められて名字帯刀が許されるという、いわゆる特権階級となったほどだ。そのまま明治維新を迎えると、商売はさらに繁盛しついに会社を設立した。そのまま会社は、それなりの規模を持ちこの町一番の会社となった。投資も積極的に行い、大正時代を経て昭和に入ったが、ここで大恐慌を迎えてしまい投資が失敗。会社は倒産してしまった。挙句の果てには借金を抱えながら戦争に突入。建物は空襲に遭わずに生き残ったが、先祖代々の財産もない状態で、食う者にも困る状況で終戦を迎えた。ところがそのとき、ちょうど18になる青年、これは父親の祖父であるが、非常に頭脳明晰で国立大学の医学部を卒業。開業医としてこの屋敷内を診療所にして、近隣の人たちの外科や内科を担当していた。

 だが、その息子つまり父親の父親は、残念ながらそこまで頭が良くなかったのだ。だから医者として親の家業を継ぐことはできなかった。だがオーナーという立場を利用して、事務長として診療所に君臨。名家の子孫ということで銀行からも金が借りやすかったのか、ついには隣にあった鉄筋5階建てのビルを購入し、そこを病院とした。彼の父、つまり父親の祖父が健在の時は、彼が院長として若い医者や看護師を十数人雇う。名前も「医院」から「クリニック」とちょっと新しい雰囲気を出して若い患者を迎えようと経営を頑張っていた。だが父親の祖父が亡くなってからは、自然と患者の数は減少してしまう。支えていた医者も独立や他の大病院に引き抜かれるなどしたため、人手不足が著しくなっていた。それでも若い医者をうまくリクルートしながら頭数は揃えたものの、しょせん若い医者のスキルには限りがあり、すぐに行き詰ってしまう。こうして経営がどんどん行き詰り苦しくなったが、悲劇はそれだけではなかった。父親の父は突然倒れて帰らぬ人となってしまったのだ。

 自然と父親が跡を継ぐことになる。だが継いだ当時はまだ20歳の大学生。彼もそれほど才能がなかったのか医学部ではない。結局オーナーとして跡を継ぐも何もわからない状況。結局病院を古くから知っている別の大病院に買い取ってもらう形でその場を切り抜けた。

 父親は先祖代々の旧家だけはどうにか維持している。建物を登録有形文化財なるものに登録を済ませた。大学を出た父親は地方公務員となる。役場勤務として主に町民相手に、あれこれやり取りをする立場となった。それでも10年もすれば出世し、直接窓口でやり取りする立場からは離れたが......。

 やがて父親は同じ役場で働く3歳年下の女性と親しくなり、そのまま結婚した。女性は結婚後も働いたが、妊娠がわかりいよいよ出産というときには休職という扱いとなっている。

「以上だ。これが我が家に代々伝わるものである。娘よ。よく聞け!この家の資産は弟でもできない限り、お前にすべて授ける予定だ。確かに建物としての価値は低いが、いずれこの建物を人に見せて入場料を取るとか何とかして有効活用できないか考えている。フリースペースにしても良いだろう。だがこの父では、そこまで頭が良くない。娘よ、お前はきっと頭脳明晰、必ず数百年続く我が家の救世主となるであろう。娘よ、お前に期待する。お前が成功を収めて資産家となれば、贅沢とは言わないが、母さんと楽な老後が送れるようにしてくれよ!」

 父親はようやく語り終えた。直後に奥から足音が聞こえる。小走りに戻ってきたのは、美容院から戻ってきた娘の母親だ。
「ちょっと!聞いたわよ。また数百年続いた家の話をしたでしょう。この子は私の子でもあるの。あまり古いしきたりとか伝統でこの子を縛らないで!」母親の剣幕の前に、父親はそれまでの威厳を失い、小さくなっている。

 母親は娘の方を向くと笑顔になり「ごめんね。おとなしく面倒見ていると思ったら、パパが変なこと言っていたわね。でも気にしない。お前はすくすくと育ってくれればそれでいいの」と言って、服を着ていた上半身から胸を出した。それを娘は口にくわえる。つまり娘とは生後半年しかたっていない赤ちゃん。だから父親の力説もほとんど理解できず、ただ目を泳がせながら笑顔を振りまいていただけであった。

https://www.amazon.co.jp/s?i=digital-text&rh=p_27%3A%E6%97%85%E9%87%8E%E3%81%9D%E3%82%88%E3%81%8B%E3%81%9C
------------------
シリーズ 日々掌編短編小説 882/1000

#小説
#掌編
#短編
#短編小説
#掌編小説
#ショートショート
#スキしてみて
#父と娘
#名家
#歴史
#子どもの成長記録

この記事が参加している募集

スキしてみて

子どもの成長記録

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?