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忘れられない出会い、忘れられない言葉

4年程前、
お世話になった
大好きな先生から
連絡が入りました。

産休代替の先生が
期限をあと3ヶ月半残して
急に退職することになったので
8月半ばから11月まで3ヶ月半
幼稚園の年中組の
クラスを受け持って欲しい
とのことでした。

緊急を要することだったことと
それ以上に
この先生の元でだったら…
そう思えるほど
大好きな先生からの
依頼だったことから
この仕事を
引き受けることにしました。


そのクラスに
ベトナム人のB君という
男の子がいました。

父親の仕事で来日し
この春から幼稚園に
通い始めていました。

父親は日本語の読み書きも
話すことも出来ましたが
母親と、B君、2つ下の妹は
日本語は全く分かりませんでした。

それでも、B君は、
1学期の間に
園生活の流れが
分かるようになり
何とか身振り手振りで
コミュニケーションも
取れるようになっていました。

1学期は、
ふらっと職員室に来て、
園長先生や補佐の先生と
過ごすことが多かったとのこと。
きっと、そこが
安心する場所だったのでしょう。


外国人の子を受け持つのは
初めての経験でした。

しかも、
言葉がほとんど通じない…

不安はありましたが、
引き受けたからには
出来ることを精一杯やろう
そう思いました。 

引き継ぎの時に
先生から聞いていた通り
たいていのことは、
個別に声をかけなくても、
見よう見まねで
みんなと同じように
出来るようになっていました。

ただ、
B君の細かな思いを
汲み取ることは難しく、
B君は気持ちが伝わらない
もどかしさから
時々癇癪を起こすことが
ありました。

また、
周りの子より
1年遅れての入園だったことと
やはり文化の違いなどから
並ぶこと、
待つこと、
順番、
体育座りなど

なんのために?

と理解に苦しむことも
たくさんあり、
そう言う時にも
同様に癇癪を起こしました。

一度そうなると
気持ちの切り替えに
かなり時間がかかりました。

でも、そのことは
私を悩ませたというよりは
むしろ、
そういうことがある度に
力になりたいという
思いが増していきました。

全く言葉の通じない世界で
3歳の男の子が
たった一人で
一生懸命生きている…

これまでに
一体どれほどの
不安と寂しさに
耐えてきたのだろう…

私だったら…

B君の強さ、逞しさに
私は、何度も励まされ
勇気付けられました。

B君が

幼稚園楽しかった

そんな思いで帰れるように
自分に出来ることを、
精一杯やってあけだい 
心からそう思いました。


さて、
言葉が分からないゆえに
一番悩んだのは
絵本の読み聞かせでした。

出来るだけ
絵を見て分かりやすいものを
選びましたが、
やはり、
絵だけでは伝わらないことも
たくさんあって、
途中で飽きてしまうことが
ほとんどでした。

B君も
この時間を少しでも
楽しめたら…
そんな思いで、
絵本を選ぶ中で
これはもしかしたら…
そう思ったのが
『あさえとちいさいいもうと』
でした。
それは、こんなお話です。

お母さんの留守に、
家の前で妹のあやちゃんと遊んでいたあさえ。
あやちゃんを喜ばせようと
道に絵を描いていたあさえが
ふと顔を上げると
あやちゃんの姿がありません。
あさえは必死であやちゃんを探します。
途中、様々なことがあって…。
お母さんといつも一緒に行く公園で
ついにあやちゃんを見つけます。
あさえの胸のドキドキ、そして
無事にあやちゃんを見つけた時の安堵感が
リアルに伝わってくるお話です。

私は、読み始める前に
妹のあやちゃんを指さしながら
B君に言いました。

「これ、Gちゃんね」

Gちゃんというのは、
B君の妹の名前です。

B君は、Gちゃんの名前を聞き、
うんうんと興味を示しました。

私は、B君の様子を窺いながら
ゆっくりと丁寧に読みました。

B君が静かに絵を見ています。

あやちゃんがいない!
必死に探すあさえ。

B君も不安な表情で
あさえを見つめます。

見つけた?!
人違いだった…
緊張感が続きます。

B君は真剣にあさえを見つめます。

お母さんといつも行く公園で
ついにあやちゃんを見つけます。
あさえは、
あやちゃんに駆け寄って
抱きしめます。

B君は、ほっと肩をなで下ろし
安堵の表情を浮かべました。

最後まで絵本の世界に
引き込まれていたB君。

みんなと同じ時間を
共有出来たこと
絵本の世界を楽しめたこと
それが、嬉しくて嬉しくて
たまりませんでした。

その数日後
保育参観がありました。

B君は、
お母さんの姿を見つけると
その手を引き、
絵本棚の前に連れて行きました。

そして、
『あさえとちいさいいもうと』
を指差して、まるで、

これだよ、これ

とでも言うように
トントンと指で叩きながら、
早口のベトナム語で
何かを伝えていました。
お母さんは、うんうんと
笑顔でうなずいていました。

何を話していたのかは
分かりませんでした。

ただ、あの絵本が
B君の心に残ったということだけは
分かりました。

言葉は分からなくても
絵と声で、
絵本の楽しさを伝えられた…
そのことが
私にとって喜びであり
新たな気付きでもありました。


また、こんなことも
ありました。

その日のB君は、
やりたいことを見つけられず
園内をフラフラとしていて、
何となく満たされない様子でした。

声をかけると
身振り手振りで
トンボが欲しいと
と伝えてきました。

よぉし、
先生が捕まえてあげるよ

満たされない今日のB君に
何か嬉しいことを1つでも…
そう思い、
二人で園庭でトンボ採りを
することにしました。

いつもなら
あちこちにいるトンボが
その日に限って
なかなか姿を見せません。

片付けの間際になって
ようやく、
1匹、捕まえることができ、
ほっとしました。

そしたら、
続け様に、もう1匹、
合計2匹のトンボを
捕まえることが出来ました。

籠の中のトンボを
嬉しそうに眺めるB君。

その姿を見て、
わたしもほっと一安心。

見ると、小さな籠の中で
2匹のトンボが
バタバタと窮屈そうにしていました。

もう1匹を
別の籠に移すことを提案し、
私は、そうっと、
籠から籠へ1匹を移動させました。

と、その時

あっ

こともあろうか
1匹のトンボが籠から逃げ
空に飛んで行ってしまったのです。

しまった…

B君、あんなに喜んでたのに…
怒るだろうな…

私は
申し訳ない気持ちと
これから
気持ちの切り替えに
一体どれだけ時間がかかるだろう
という気持ちで
ため息が出ました。

私の頭の中には
B君が地団駄を踏んでいる姿が
見えました。

B君、ごめんね

私は手を合わせて
必死に
あやまりました。

そしたら

そしたらです…

B君がニコッと笑って
言ったのです。

大丈夫

と。

大丈夫
一体、いつ、この言葉を
憶えたのだろう…

驚くと同時に
温かいものが胸いっぱいに
込み上げてきました。

B君、許してくれるの?

私がそう言うと
またにっこり笑って言いました。

大丈夫

と。
それは、
人の失敗を許せたこと、
自分が大きくなったことを
喜んでいるようでもあり、
失敗した私が
B君に許してもらい
笑顔になったことを、
喜んでいるようでもありました。

この

『大丈夫』

は、
私が人生の中で
一番忘れられない
『大丈夫』
になりました。

今でも
あの日のB君の優しい笑顔と
『大丈夫』を思い出すと
胸がいっぱいになります。

B君は
私にたくさんの宝物を
くれました。

私たちは
言葉や文化の壁を越えて
分かり合える
分かち合える存在なのだ
ということ、

そして、
私たちは
人と人のつながりの中で
喜びや幸せを感じながら
生きている
ということを

私は
3歳の小さな子どもから
学ぶことが出来たのです。

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