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いつでも見返せるように、傍に置いて確認出来るようにしています。私の個人的なメモです。クリエイター様のクオリティに感謝😊
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#スピノザ

吉田 量彦 『スピノザ 人間の自由の哲学』/ユング『タイプ論』

吉田 量彦 『スピノザ 人間の自由の哲学』/ユング『タイプ論』

☆mediopos2673  2022.3.12

本書の副題は
「人間の自由の哲学」となっているが
すべては神であるとする
スピノザを論じるにあたって
「自由」というのはすこしばかり意外である

しかしスピノザは
『神学・政治論』において「哲学する自由」
つまり思想・言論・表現の自由がなければ
国の平和や道徳心は損なわれてしまうという

本書を読む限りでは
スピノザにとっての自由は
どうすればひ

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「国」が必要なのは「感情」のせいだ! スピノザ『エチカ』第四部

「国」が必要なのは「感情」のせいだ! スピノザ『エチカ』第四部

スピノザの考える『国家』論

人間が、各々理性に従って
生活をするのなら
国家は不要である

特にルールを設けなくても
お互いに害を与えること無く
助け合って生きていけるなら
確かに、国は要らないように思う。

では、
なぜ国家は存在しているのか?
国家の役割は何なのか?

それが
『エチカ』第4部 定理37 備考2に
書かれている。

要約すると、以下のようになる。

国家の無い、自然状態におい

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他人の不幸すら「善」となりうる スピノザ「エチカ」第三部

他人の不幸すら「善」となりうる スピノザ「エチカ」第三部

善悪というテーマを
『エチカ』第三部の中から考える。

昨日紹介したニーチェと同様
行為をなす「自己」が基準になっている。



定理39 備考より

私はここで、善をあらゆる種類の喜び
ならびに喜びをもたらすすべてもの、
また特に願望
――それがどんな種類のものであっても――
を満足させるもの、と解する。

善と判断するがゆえに欲するのでなく、
かえって反対に我々の欲するものを
善と呼ぶのだか

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心と身体が噛み合わないのは、つまり… スピノザ『エチカ』第二部

心と身体が噛み合わないのは、つまり… スピノザ『エチカ』第二部

主に「精神」および「認識」に
ついて語られる『エチカ』第二部

今日は
人の心と身体が噛み合わない理由について、
ヒントを見つけたと感じたので
それを紹介する。



人間の精神は、
人間の身体への刺激を通してしか
外部のものを認識することができない

このことから分かるように
精神と身体は切っても切り離せない

しかしながら、実は…
定理24より

人間精神は人間身体を組織する部分の
妥当な認

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「自由意志」の時代におけるエチカ

「自由意志」の時代におけるエチカ

*「自由意志」とは自明なものなのか

現代においては「自由意志」による選択が何よりも尊重されます。そしてその選択の結果は基本的には「自己責任」とも言われます。けれども、果たして「自由意志」なるものはそんなに自明なものなのでしょうか。我々は本当に「自由意志」なるものによっていつも物事を合理的に判断しているのでしょうか。

この点「自由」の意味と倫理を精緻に考察した17世紀の哲学者がバールーフ・デ・ス

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