「自分に出会えない人生は、他者とも出会えない。」

伊丹十三の言葉です。
つまり人生とは、自分を自身で理解・認識する事(=アイデンティティの確立)が最優先であり、他人についてどうこう言ったり思ったり考えたりするのは要は二の次という事ですね。

(自己理解や内省が出来ていない方ほど、他人についてどうこう言いたがるように思います)

一般的に自己認識が弱い幼少期には他者と自分を混同、同一視しがちで、「自分の考え=世の中の考え」などと捉えてしまう傾向があります。
「自分=他人」の境界線が曖昧なんですね。
曖昧な境界線も、他人とのコミュニケーションを通して成功と失敗を繰り返すことで明確になっていき、やがてアイデンティティとして成熟していくと思います。

ただ、失敗と成功をあまり繰り返さなかったり、的確なフィードバックがなかったり、誤学習したまま成長してしまうと、大人になってもアイデンティティが未成熟で、いつまでも自己分析、自己理解ができず、自分の考えと世の中の考えのギャップに苦しむ事になるのかなと思います。

まずは自己分析し、自らの考え方を確立させなければ、他者と出会う事(=相互理解)ができないという事ですね。

その為のキーワードは自分自身に「何故」と問いかける事から始め、自己理解を深める(=他者との違いを「深く」考え、「意味」理解する)が大切だと思います。

個人的には、自己理解=他己理解が出来ているとアイデンティティが明確ん確立されるのではないかと考えています。
この2つの準拠枠をもってアイデンティティは成立するのではないでしょうか。

伊丹十三が残したこの言葉に触れると、人生の歯車は他者との違いに気付き、アイデンティティが確立した瞬間から、本当の意味で自立し、自らの足で走り始めるのだと思います。

さすが自らを「強風下におけるマッチの正しい使い方評論家」と称し、数々の社会問題を取り上げた鬼才・伊丹十三の言葉ですね。

自分の事は棚に上げて他人の事をとやかく論じるのは、アイデンティティの未熟もそうですが、何より自信や勇気が無いと思います。

まだまだ胸を張れるような事は全然出来てませんが「何事もまずは自分から」を意識し取り組んで参りたい次第です。

最後に…
『アイデンティティ』/サカナクション