たらちね 草山

松竹芸能の芸人。こんなやつになるなよ。

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最近の記事

『孔乙己』の茴香豆を再現する

この春はそら豆を買って茴香豆(ういきょうとう)を再現しようと思った。 先日、天満天神繁昌亭の『桂米輝ウィーク』に色物(漫才)として呼んでいただいた。以前から桂米輝さんに似ているとよく指を指されていたので、そのご縁で香盤に組んでいただいた。人生なんの縁がつながるか分からない。 出番のあと、桂米團治師匠に近くの中華料理屋をごちそうになった。 前菜として出てきた落花生は、八角と動物性の旨味のある薄い煮汁(シンプルにMSGかもしれない。MSGはもう立派な中華食材だ)で煮たものだ

    • 感情に順序を埋め込む

      順序と争い 芸人の世界には結構明確な序列があって、結局のところ「いくら稼いでいるか」であらかたの批判やヘイトを吹き飛ばすことができる。酒を飲みながら「あいつは面白くない」とくだを巻いたって、結局稼いでないのなら負け犬の遠吠えになる。「過去に賞レースで結果を残したが、今は稼いでいない人」の話をすると、たいてい芸人は苦い顔をする。やはりプロップスよりも収入が正義の世界なのだという感じがするし、しかしながら、そのほうが無用な争いがなくていいのかもしれないと思う。 スポーツやゲー

      • 神話と西洋的マゾヒズム 『オッペンハイマー』感想(ネタバレあり)

        クリストファー・ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』を見た。先輩芸人の森田GMさんから「見たら草山の感想が聞きたい」と言われたのだが、LINEで送るには文章が多くなりすぎるので、いっそのことnoteに書いてしまおうと思った。 たぶんかなりトンチンカンで変なことや、逆に「そんなことその辺の考察ブログに書いてるわ!」という初歩的なものも書いていると思う。あんまり映画や漫画の考察は読まないようにしているのでご了承願いたい。 IMAXで見たほうがいい まずノーランが「この映画

        • カプサイシンのガイドラインを作らねえか

          テレビを見ていると若手俳優が激辛麻婆豆腐を食わされていた。どこかの店で提供されているメニューというわけではなく、番組が作製した、ふりかけた唐辛子粉が油の中に半島を形成している、そういう麻婆。顔が歪んでいる。 これ大丈夫なのか? これ、放っておいて大丈夫なのか? 酒を無理に飲ませるような演出はバラエティ番組でも見なくなったし、たばこに関してはドラマやCMに映りこむことすら憚られる存在となっている。人体に有害な物質に対してここまで敏感になっているのに、明確に人間に苦痛と健康被

        『孔乙己』の茴香豆を再現する

          無礼を推奨すること

          辛い物は好きなのだが、翌朝トンネル火災(※)が発生するのであまり食べない。そんな自分でも旨そう!と思って思わずフラりと入ってしまった担担麺の店があった。看板メニュー到着、汁なしと汁ありの中間くらいのスープ、野菜のチップとナッツがトッピングされ、パクチーも乗っている。旨そうだ。 目の前には手作りのメニューカードがあり、おすすめの食べかたが書いてある。 ①まずは写真を撮りましょう 「それ食べ方じゃないだろ。アツアツのスープに浸かった麺は今もなおデンプンの水和とアルファ化が進

          無礼を推奨すること

          おススメの音楽を教えてください

          音楽を聴かなくなって久しい。いや、全く聞かなくなったわけではないのだが、学生の頃のように情熱をもって聞けなくなってしまった。 高校時代、学校と家の何もない田舎道の間にあったTSUTAYAが情報源だった。毎日のようにCDをレンタルし、いろんなジャンルを聞き漁った。ロックから始まりポップスもクラシックもノイズもフュージョンもとにかく手を出しまくって、演歌以外のメジャーなジャンルは大概聞いたと思う。CDから取り込んだ楽曲を、(今はやってはいけないことだが)自転車をこぎながら聞いて

          おススメの音楽を教えてください

          「シェア語」のふるい

          M-1の公式YouTubeアカウントで去年の決勝の動画がアップロードされた。 上のヤーレンズさんの動画のコメント欄を見ると、タイムスタンプとともにどのボケが好きかを書き込んでいる人が多い。「(投げっぱなしを含めて)とにかくボケ量の多い漫才」はこういうYouTubeのコメントとの相性がとてもいいと再確認した。ナイチンゲールダンスさんやタイムマシーン3号さんがYouTube ShortsやTikTokでバズっているのも同じだ。お笑いの「現場」はいまも変わらず一回性のものであるの

          「シェア語」のふるい

          霊現象に関する立ち位置と最終完全回答

          芸人をやっているので、幽霊に関する仕事やライブの話が来たりする。始めたての頃は何でもチャレンジしたほうがいいと思って受けたりしていたけど、最近は逆に避けるようにしている。あるいは、これは仕事に関係なく「幽霊を信じているか?」という質問をされることがあって、毎回おんなじ回答をして、似たような問答に発展するのが面倒くさいので、全部書いておくことにする。今後「これ読んどいて。全部書いてるから」と渡すための記事である。 以下、思いついた順に箇条書き。 ・最初に結論から言っておくと

          霊現象に関する立ち位置と最終完全回答

          皮肉の責任は誰にあるか

          ここはとあるレストラン。テーブルにはメニューもなく、値段もわからない。客はその場に運ばれてきた料理を食べ、請求された金額を支払って出ていくシステムになっている。 あなたは初めてその店に来て席に着いた。周りを見ると、黙って食べている人もいれば、困惑している人や、顔を真っ赤にしている人もいる。しばらくして運ばれてきたのは、高級そうな皿に、見慣れた食パンがひときれと、およそ食べ物とは思えない見慣れない物体。店主はそれが何なのか説明もせず、ぶっきらぼうな態度で厨房へ帰っていった。そ

          皮肉の責任は誰にあるか

          10/29 M-1三回戦@祇園花月レポ

          はじめに:祇園花月の予備知識京都にある祇園花月という劇場は八坂神社のすぐ近くにある。M-1三回戦を控えた芸人が気もそぞろに早く上京し、時間つぶしのために参拝する風景がよく見られる。しかし、これをやっている芸人はその年に初めて三回戦に進んだ芸人だとバレてしまう。なぜならば八坂神社への参拝はM-1が終わると自動的になされるものであり、わざわざ鳥居をくぐる必要はないからだ。 「芸人」に用いられる芸の字は、本来「藝」である。表記の簡略化のために現在は略字の「芸」が用いられることが多

          10/29 M-1三回戦@祇園花月レポ

          ジャーゴンの相転移

          ベルクソンという哲学者の書いた『時間と自由』という著作がある。このなかでベルクソンは「時間」という言葉の用法を批判した。その内容を要約するとこうだ。時間という言葉の意味は”空間化”されている、つまり時計の針の運動のような形で別の量的形態に押し込められており、「ほんとうの時間」は質的なものなのだと主張した(そしてその"ほんとうの時間"なるものを「持続」と名付けた)。この考察にうなづく人はいても、果たして誰がこの言葉づかいを改めるだろうか。「二時間後に到着します」というLINEに

          ジャーゴンの相転移

          家でキャベツが待ってるんで

          去年から家でザワークラウトを常備している。ザワークラウトはキャベツを乳酸発酵させてつくる漬物のことで、ドイツ語で「酸っぱいキャベツ」を意味する。「クラウト」はキャベツのことで、「ザワー」は英語の「サワー」と根っこでつながっている。 発酵というと難しそうに感じるかもしれないが、要は「よくない菌が繁殖する前にいい菌に先に征服してもらう」という発想なので、その「いい菌」が強大な軍事力を持っている場合、放っておくだけでできる。その代表例が乳酸菌と納豆菌で、とくに納豆菌はとてつもない

          家でキャベツが待ってるんで

          「服を買いに行く服がない」現象の急所

          先日書店に入ると、正確なタイトルは覚えていないのだが「『サピエンス全史』をどう読めばいいか」みたいなタイトルの漫画が売っていた。ほー、そういう漫画も売っているのか……と素通りしそうになったのだが、よく考えるとどういう人を対象にしたマンガなのか分からなくなってくる。 例えば『源氏物語』を原典で読むためには、古典文法と時代背景を学ぶ必要がある。言語の壁や時代性、文化圏をまたぐような著作については、読み方に需要があるのは分かる。しかし『サピエンス全史』は2016年に発売され、全世

          「服を買いに行く服がない」現象の急所

          熱のときに見る夢/青りんご味

          サイケデリックな映像を「熱のときに見る夢」と表現するある種のユーモアが(たぶんネット発で)存在していて、ぶっちゃけあまり好きではない。だってそんな夢見たことないもん。他の人はあるのかもしれないけど、なんとなく勘で笑っているだけだろ?と思っている。 「サイケデリック」とか、音楽でいえば「アシッド」みたいな感覚というのはもとはドラッグカルチャーから来たもので、本来ふつうの日本人にとっては分からない、どこまでいっても三人称的な口ぶりでしか語れない言葉なのだろうなと思う。YouTu

          熱のときに見る夢/青りんご味

          チョンボ飛車タダ草むしり下手くそ帝国の内分泌的リアリティ

          サスペンス映画の巨匠・ヒッチコックの有名な逸話がある。 ヒッチコックをさえぎったタイミングで書くべきではないのだが、この本文は途中からめちゃくちゃ下品な話になる。 ヒッチコックは映画『汚名』を撮影するにあたり、プロデューサーと口論になった。その原因は、作中でナチの残党を追うFBIエージェントが発見する「ウラン鉱石の入ったワイン瓶」であった。この映画が公開されたのは戦後すぐの1946年。原子爆弾をめぐるサスペンスはあまりにもセンシティブだということでプロデューサーが難色を示

          チョンボ飛車タダ草むしり下手くそ帝国の内分泌的リアリティ

          どうしようもないのだから祝ってしまおう

          昔からイベントとしての誕生日が不可解だった。子どもの頃はプレゼントがもらえる日としてウキウキしていたが、大人になるにつれ「どうして止まることなく流れる時間に区切りをつけて祝ったりするのだろう?」という思いが強くなっていき、だんだんと自分の誕生日を気にしなくなっていった。大学生の頃には親から届いた「おめでとう」のメッセージでその日が自分の誕生日だと気づくような調子。 別に年齢を重ねることが嫌なのではなく、何かを達成したわけでもないのに、不可避で制御不能な「日付」の何がハッピー

          どうしようもないのだから祝ってしまおう