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関西最大のホームセンターで心がションベンになってシャイニングしかけた話

大阪府は松原市にあるハンズマンというホームセンターがすごいらしい。並大抵のホームセンターとは大きさが桁違いで、店内はテーマパークみたいな内装になっているという。これは行くしかない。

住んでいる西成区から松原市までは自転車で1時間半ほどかかる。このくらいの時間は全く気にならない。自転車を走らせながら考え事をしたり、沿道の植物を調べたり、目力看板を探したりすれば一瞬だ。途中に大和川という大きな川を横切るのだが、土手にマメ科の雑草が実っていた。さやの数はスズメノエンドウっぽいが、種の数はどれも4つほど入っていてカスマグサのようにも見える。二つが交雑することもあるのだろうか?そんなことを考えていたら、自転車をこぐのも苦じゃない。

ハンズマン松原店に到着。外観からして店舗の大きさはよくわかるが、正面入り口を入ったところのデザインが素晴らしい。売り場は二階建てだが吹き抜けになっていて、ガーデニングコーナーが出迎える構造がさながら、遊園地にあるジャングル系のアトラクションのようだ。

公式サイトより

店内はというと、たしかにすごい。一般的なホームセンターで一区画を占めているジャンルのものが、3棚くらいに渡って拡張・深化させられている。例えば土ひとつとっても「バラ専用」「オリーブ専用」など細分化されており、つるつるの石ころや木の切れ端も1個から購入できる。三角コーンや縁石のように街でよく見かける構造物から、コスプレなどに使える裁縫用品、型紙、謎のパイプやスイッチ、農作物を入れるときに使うバカでかいコンテナ、ちょけた蛇口、いろんな職業の制服……つまり「この世界を分解したすべて」が整列している。レゴブロックで遊んでいるときのワクワク感が、大人のスケールになった感じだ。

こういう場所にいくと、コントをやる芸人はアイデアが浮かんだりすると思う。この小道具がこの値段なら使ってみてもいいな、これって素人でも入手できるんだ、など。

これ持って蒸気船ウィリーのミッキーできるじゃん。

入店して30分ほどたったころ、突然言いようのない不安に襲われた。だだっ広くて楽しい空間にいるはずなのに、まるでどこかに閉じ込められているかのような息苦しさを感じたのだ。あんまりメンタルが暴走したりするタイプではないのだが、いったいこれは何なのか。そう考えていると、隣でビニールポットのサボテンを見ていた夫婦が「きれいだね」とつぶやいた。

これだ。私はとても楽しくて、はしゃぎたくて、何が楽しいかを言いたいのに、どうやら一人だ。大和川の土手に生えていた草花の話も、パイプのつまりを直す謎のバネ道具の話も、誰も聞いてくれやしない。シソ科のハーブはいい匂いだね。サボテンの花は美味しいらしいよ。そんな個人的な喜びが出口を見つけられずに、一生溜まっていくことに恐ろしさを感じてしまったのだ。

こう書くと彼女が欲しいとか友達と来るべきだったという話みたいだが、そういうことではないのだ。日々のストレスフルな生活にガス抜きが必要なように、喜びや楽しさといった正の感情についてもどうやら許容量があるらしく、加齢によってそのキャパシティが減っていることを薄々勘づいていた。過剰となった精神は、たとえばこうして文章に転化したりすればよいと思っていたが、追い付かなくなってくる。トイレが近くなったり涙腺が緩くなったりするのと同じで、年齢とともに感情が漏れそうになる。というか、実際に店を回りながら「すげ」「これええやん」みたいな独り言がすでに出ていた気がする。

『心が叫びたがってるんだ。』というタイトルのアニメが昔あって、しゃら臭いタイトルやなと思っていたのだが、いまなら分かる、あれは「ションベンが出たがってるんだ」とか「ウンコが出口を探してるんだ」と同じ意味だったのだ。いまの私は脳が膀胱になって「うれしい楽しい」というションベンでパンパンになっている。脳に電極をぶっ差してそれを放出する技術ができるのは100年先なので、今世紀はこの「尿」を他者と共有することでしか発散できない。でもそのトイレトレーニングをやって来なかったのだ!アタマが膀胱炎になって百回狂って死んでいくのか、誰かに介護してもらうしかない。ずっと独り言を言いながら歩いているおじさんをたまに見かけるが、増水で常時放水している洗堰のような状態なのだろう。あれは私の5年10年後の姿なのだ(5年10年の猶予があると思っているのか?)。でも、誰かと感情を共有することに「余った感情を処理してもらう」という意味があるなら、ますますコミュニケーションが暴力的なものに思えてくる。そんなことに他人をつき合わせてたまるか。ハンズマンの中心でケモノになって叫ぶ愛もない私には狂うか悪になるかの二択しか残されていない。

工具のコーナーに入る。高枝切りばさみや、枯れ葉を吹き飛ばすブロワーの先に、斧が見える。アメリカのダディが七面鳥をぶつ切りにするときのトマホークだ。おっと、こっちは『シャイニング』でジャック・ニコルソンが振り回していた代物じゃないか。小説家のジャックが冬のホテルで狂ってゆき、最終的には妻と子供を殺そうとする映画だ。ああはなりたくない。後ろを振り返ると「Do It Yourself」と書いてある。「自分でやりなさい」。いつだってそうしてきた。余計なお世話だ。

多肉植物の小さな鉢植えを買った。水分をたくさん溜め込む能力があるため、水やりは2週間に1回くらいでいいらしい。逆に水をやりすぎると腐るのだそうだ。

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