無礼を推奨すること

辛い物は好きなのだが、翌朝トンネル火災(※)が発生するのであまり食べない。そんな自分でも旨そう!と思って思わずフラりと入ってしまった担担麺の店があった。看板メニュー到着、汁なしと汁ありの中間くらいのスープ、野菜のチップとナッツがトッピングされ、パクチーも乗っている。旨そうだ。

目の前には手作りのメニューカードがあり、おすすめの食べかたが書いてある。

①まずは写真を撮りましょう

「それ食べ方じゃないだろ。アツアツのスープに浸かった麺は今もなおデンプンの水和とアルファ化が進行して、こんな風にチンタラ講釈を垂れている間にも伸びてゆくのだ。映える時間などお前に残されていない。さっさとすすれ!」と怒ることはできない。だって店が推奨しているんだから。

これはうまい。担担麺のことではなく、「①まずは写真を撮りましょう」という配慮のことだ(もちろん担担麺も旨かった)。

料理が運ばれてきたあとも写真を長々と撮影する行為は、けっこう嫌われていたりする。麺料理の場合、提供される温度が重要になるため早く食べたほうがいいとされる。寿司のような鮮度落ちの早い料理の場合も同じだ。また大人数で分けて食べるような料理だと、写真を撮り終わるまで誰も食べることができない。前者の場合は店主と客の問題だが、後者の場合は客同士のいざこざを生む可能性がある。

こういう賛否が分かれるようなマナーや行為については、その場を支配しているマスターポジションの人間が推奨してしまえばよいのかもしれない。「①まずは写真を撮りましょう」と書いてしまえば、べつに写真を撮らずに食べてもいいし、写真を撮りたい人は気兼ねなく撮れる。もしもインスタグラマーのアンチみたいな厄介な客が暴れだしたら、それは「店のルールに従わない人」なので退店させればよい。

そういえば、似た話が夜行バスのリクライニングにも言える。いつのころからか、消灯時のアナウンスで「では、いっせいにリクライニングを倒してください」と言うようになった。昔は「後ろのお客様に確認をとってください」とアナウンスしていた記憶がある。「無言でやってはいけない無礼な行為」を、こんどは運転手が推奨する形に変更したわけだ。無礼の責任を他人が一身に背負ってくれている。

ちょっと前に「お笑いライブでメモを取る行為はどうなのか」という話題を見た気がするが、同じように解決できないだろうか。別にレポを書いてもらうのはライブの宣伝にもなるし、うまく共存したいところだ。でも「メモを取りましょう」なんて言ったら、お客さんが下を向き続けることになってしまう。それは舞台上に立つ人間としてはちょっと寂しい。なかなか難しい問題だ。「マジックミラーで仕切られた区画にあるメモを取りたい人用の席」を用意すれば解決するかもしれないが、それはやりすぎである。

歌舞伎の大向う(「成田屋!」「待ってました!」みたいなやつ)は、基本的に誰がやってもいいとされている。されているが、実際には常連による親睦組織みたいなのがあって、そこのメンバー以外が下手に自己顕示欲を出すと、変な空気が流れる。この問題は興行主がルールを出せば一発で解決するのだが、それは野暮というものだ。ラピュタの再放送時に「バルスまで〇秒!」みたいな文言を表示していたテレビ局の寒さはそこにある。冒頭にあった担担麺のお店の「①まずは写真を撮りましょう」も、店内の調和と引き換えに、ほんのわずかな寒さを隠し味のように忍ばせている。

※肛門が焼けるように熱くなること


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