10/29 M-1三回戦@祇園花月レポ

はじめに:祇園花月の予備知識

京都にある祇園花月という劇場は八坂神社のすぐ近くにある。M-1三回戦を控えた芸人が気もそぞろに早く上京し、時間つぶしのために参拝する風景がよく見られる。しかし、これをやっている芸人はその年に初めて三回戦に進んだ芸人だとバレてしまう。なぜならば八坂神社への参拝はM-1が終わると自動的になされるものであり、わざわざ鳥居をくぐる必要はないからだ。

「芸人」に用いられる芸の字は、本来「藝」である。表記の簡略化のために現在は略字の「芸」が用いられることが多いが、藝と芸では意味するところが全く違う。「藝える」と書いて「うえる」と読むように、藝とは植物をうえることを指す。京都を代表する繁華街である祇園に「藝人」が終結するこの日は、漢字の意味を知る者にとって格別の味わいをもつ。

祇園花月は芸人のハケる下手袖から伸びる通路が二手に分かれており、一方は楽屋へ、もう一方は音響や照明のスタッフがいるPA室へと続く。ただ毎年M-1三回戦が開催されるころになると、足元にある曼荼羅の描かれたラグが取り外され、地下へ続くダクトが姿を現す。このダクトの内部は八坂神社の地下へと続く壕になっており、その最深部には牛頭天王が祀られている。これは明治維新における神仏分離に際して、本来地上部で祀られていたものを秘密裏に地下へと避難させたものだ。

M-1の出番が終わると芸人は服を脱がされ、内ももに烙印の有無を確認されたあと、烙印のないものは神社の地下へと通される。烙印は三種類。牛の頭をかたどった「牛」、四本の直線が直角に交差した「八」、そしてアルファベットのBを横に倒したような「女」。すべて神仏分離前に八坂神社の主祭神であった牛頭天王、八王子、頗梨采女(はりさいにょ)を意味するものである。八坂神社の地下に祀られているこの旧三祭神のいずれかに肉体を差し出し、地上への顕現を助けるという生贄の儀式が毎年10月に行われていたのだが、その代わりとして若い「藝人(うえびと)」を差し出すようになった。これが毎年M-1三回戦の一日がかならず祇園花月で開催される理由である。

なお、奇祭や宗教をいじるようなネタをしたコンビは「旻(ぶん)」の烙印を押され、祇園花月の出入りが禁止となってしまう。また旧祭神に精神と肉体の一部を差し出した藝人は、笑いの舞台で神通力を発揮できる代わりにうろこのある動物を食べることができなくなる。普通は吐き気を催すので口に入れることすらできなくなるのだが、無理やり飲み込むと無秩序な穴からこれを排出することとなり、最悪の場合絶命する。昔びーどろどろの相模さんが食レポ中に耳から血を流して倒れた事件の真相はこれである。

現地レポ

審査員はABCテレビの草田弘和、放送作家の牧シンスケと南出勝、神社本庁の高木崇紀、陰陽師の安倍清晴。

Aブロック

みだりひぎ、高慢チキン、スパーリングワイン→おそらく「牛」
林檎爆弾→おそらく「八」
三毛猫ポワロ→確定で「女」

芸歴の功で三毛猫ポワロさんがイチウケ。ただ烙印の種類はウケ量には左右されない。三毛ポの高橋さんが大阪NSC22期の古株ながら三回戦に初進出だったので烙印を押されることになるのだが、牛頭天王と八王子は藝人の年齢が高いと魂と癒合しにくいので自動的に「女」行きになる。それでも35~40歳を境に拒絶反応が起こるので、「女」の烙印を2日ほどかけて何度も押すことになるだろう(あまりの苦痛に歯が割れるものもいる)。

Bブロック

カンコン総裁→「牛」だと思うが、「八」でもおかしくない。
オーラルケア→確定で「八」

このブロックは三回戦常連組が多く、烙印を押されるコンビはこの二組。オーラルケアは直前のライブでも仕上げていた「あたためますか」のネタ。ネタ中に審査員の高木が人差し指を立てていたので、「八」に通されると思う。

Cブロック

モヒート、うっふん少女隊、サンサンナナビョーシ、数え役満ズ→「八」

このあたりから会場が温まってきて「八」続出。高木の人差し指が何度も上がるのに加え、会場の四隅にある盃に浮かべた針が何度もぐるぐると回っていた。余談だが、うっふん少女隊の久光の声がかなり特徴的だったので、烙印を押されるときの絶叫を想像した観客がズレたところで笑っていた。祇園花月の三回戦には毎年こういう「客とは名ばかりの単なるサディスト」がいるのだが、運営は何とかできないものだろうか。

Dブロック

美馬・ラ・美談、コンパクトビーン→おそらく「牛」
さぬきけぬき、8番ウッド→「八」

このあたりになると烙印を押されたときの皮膚の焦げた臭いが客席にも流れ込み、観客も半狂乱状態。また時折聞こえる藝人の絶叫がネタ中に響いたりして、祇園花月らしくなってくる。コンパクトビーンの大守の髪の毛が完全に逆立っていたのを見て、審査員の安倍がネタ中にも関わらず「あーーー来るーーー!」と叫ぶ。もうここからは正常な審査はできないだろう。

Eブロック

タンコブスラダー→「牛」

ブロックトップのタンコブスラダーのネタ終わりに地鳴りが起き、一時中断。B列席が一斉に発火する、トイレットペーパーがすべて逆巻きに替わっているなどの怪奇現象が起きはじめたのだが、これは今年の「女」の生贄が少ないことに怒った頗梨采女の力であると推測される。急きょ香盤の組みなおしが行われ再スタート。

Fブロック

ヨレヨレ倶楽部♣、百日千善、えんたーきぃ、スポンジ→確定で「女」

初進出おっさんブロック。頗梨采女を鎮めるための香盤なのでウケは低調だが、ピストン輸送の要領で「女」に藝人を送り込むと怪奇現象は収まる。

Gブロック

ポンデ慶應→おそらく「牛」
リリスのひみつ!→「八」のボーダー上か

4組目のごもっとも。のネタ中にMCのしましまんずの藤井さんが乱入し、「素体や!素体!」と叫ぶと、頭部が巻貝のように変形したコンパクトビーンの大守が半裸の状態で舞台に登壇。会場の四隅にある盃を見るとカラカラに乾いていた。審査員の高木と安倍が薬指の先を小刀で切って出血させると、コンパクトビーン大守がその血を求めて舞台から最後列まで大跳躍。しかし大守の滞空中にすべての照明が消えて会場は闇に包まれた。

何発かの銃声の後に公演中止と払い戻しのアナウンスがあるも、返金を要求する観客は一人もいなかった。すべての観客が「素晴らしいものを見た」という表情で祇園花月を後にした。

公演後の余談

公演後に河原町三条の中華料理店で晩酌をしていると、後輩が入ってきたので一緒に飲んだ。そのうち一人は、大守の「素体化」によってネタができなかったことを嘆いていた。

「そんなことより大守ってどうなるんですか?死んだとかないですよね?コンパクトビーンのネタもう見れないとか……」
「いや、大守はもう、ちょっとの事では死ねない体になったはず。絶対に生きてるよ」

素体化した藝人は強靭な身体能力を得るので、体当たり系のロケに生かされることになる。ただ、大守の場合は頭部のねじれをもどすのに2か月ほどかかるだろう。

「兄ちゃんら芸人か?」

お会計をしようとすると、中華料理屋の店主が話しかけてきた。

「はい、ちょうどM-1の予選やってきたところで」
「おっ、ほなちょっと待っとき」

店主は店の奥に引っ込むと、5分ほどして水槽をもって戻ってきた。

「相模って芸人覚えてるか?」
「はい。びーどろどろの?」
「そう。コイツ相模や」

見ると、水槽の中にヤドカリのような生物がいた。脱皮により薄くなっているが、足のつけ根に「牛」の烙印が見える。ただ、よく見るとヤドカリとは異なる体節をもっている。巻貝を背負っているのではなく、腹部より後ろが肥大化し、肛門からはみだした消化器が巨大なとぐろを巻いている。

「ロケ中にうちで魚食べてもうてな。それでこないなってもうたんや」

相模さんは素体になっていた。二度と人間には戻れない姿で。

「芸歴10年目、たらちねの草山です」
「芸歴2年目、ドルアーガの伊勢谷です」
「芸歴6年目、六甲もろこしのポップコーン西野と申します」

異形とはいえ先輩なので挨拶すると、相模さんはぶくぶくと泡を吹きながら体をよじり始めた。しばらくすると、消化器の隙間から二つぶの真珠が出てきた。

「相模が出してくれたさかい、お代はええよ」

「あらざす」と言い、店を後にした。京阪電車の終電から見える空は、ざくろのように赤くなっていた。

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