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商店街シリーズまとめ
自分の中で「商店街シリーズ」と呼んでいる作品があります。
駅前にある少し寂れた商店街を舞台に、出勤する人、働く人、通りすがりの人、お互いを知らなくてもちょっとずつ関わりのある人たちの視点で書いたショートストーリー集です。
それぞれ一つの作品として単品で読めるようにしていますが、連作として見るとまた違ったストーリーや裏話を知ることができるようになっています。
noteを始めて間もない頃に書いた1
『看板』商店街シリーズ第2話
記憶に残る幼い頃にはすでに周囲から愛想がないって言われていた。
面白くもないのに笑えない性質の私にとって、周りに合わせて笑えだなんてずいぶんと理不尽な要求だったし、笑わないせいで理不尽な待遇、つまりあからさまに無視されたりいじめられたりしたけど、自分でもどうしようもない。
世間一般の基準から外れるとこういう扱いを受けるんだ。そう覚えて大人になった。
特に夢も希望もなく、淡々と暮らせたら十分だった
『自己紹介』商店街シリーズ第3話
オレンジのカーディガンが似合う彼女はいつも同じ電車にいて、同じ駅で降りる。
時々目が合う。お互いにスッと目線をそらせるけど、彼女も僕の存在に気付いていると感じていた。
ある日、電車を降りて改札に向かう途中、肩にリュックを引っ掛けた男が駆け足で階段を登ってきた。
危ないなぁと思ってすれ違った直後、リュックが彼女にぶつかった。
男と彼女はあっと振り返って見合ったが、よほど急いでいたのかリュックの男はそ
『オレンジのカーディガン』商店街シリーズ第4話
始発に近い駅から乗る電車で、私はいつも座って通勤する。職場がある駅の改札へ向かう階段に一番近い車両の、扉の横の座席が定位置になっている。
毎日同じ時間、同じ区間を乗り合わせていれば、自然と決まった顔ぶれを覚えていく。
いつからか、同じ駅で降りる彼の姿を記憶していた。
乗客が増えてきてから乗り込んでくるその人は、いつもドア付近に立つ。不安定に揺られながら片手でビジネスバッグを持ち、もう片手でビジ
『羽根』商店街シリーズ第5話
「今、何時だか分かるかな」
応接用のテーブルをはさんで向かい側に座る相手に静かにそう問われて、僕は事務所の壁にかかった時計を見つめる。「時計は読めるかな」と追い打ちをかけるように続けられた質問に、小さな声で「はい…」と返事をした。
僕は社会不適合者だ。
約束の時間を大きく超えていることは分かる。なにしろ約束の時間に僕はまだ自宅にいたのだ。当たり前のことができない。失敗を繰り返すたび、自分の社
『スミレ』商店街シリーズ番外編3
歩道の隙間に咲く小さな青い花を見つけて僕は立ち止まった。渋谷を行き交う人の中で危うく転びそうになった僕を、誰かの手が支えた。
「大丈夫かい」大きなリュックを背負ったお兄さんが言った。「あの花が」と指さすと、お兄さんは僕の肩を抱いて「よし、一緒に行こう」と励ました。
ふと周囲に空間ができた。「さあ君たち、行って」スーツ姿の太ったおじさんが、迷惑そうな視線や体当たりを一人で受けとめながら立ちはだかって
『雪』商店街シリーズ番外編1
本屋で手に取ったのは、ふと目に付いた植物図鑑。パラパラとめくると繊細なイラストが僕の好みだったので、そのまま購入を決めた。
ネットで何でも情報が手に入り、電子書籍が勢力を増す時代。
でも、僕はやはり手で触れて紙をめくる物理的な書籍が好きだった。仕事帰りに本屋へ立ち寄るのは楽しみの一つでもある。
なにか小説も一冊、と新刊の並ぶレジ前コーナーを眺めていると、レジ横にある文具売り場からダンボールを抱
『靴屋』商店街シリーズ番外編2
クリスマスのイルミネーションに包まれた華やかな駅前広場に、ベンチはない。
今日おろしたての真っ白なコートが汚れてしまう気がして、生垣の縁石に腰をかけるのはためらわれた。
もう来るはずの彼を待って、私はクリスマスツリーの下に立ち続けた。
付き合い始めて1年以上になるのに、毎回こうも繰り返し待たされると、私は大切にされていないんじゃないかという思いがよぎる。
私より後に来た人が、私より先に待ち人と出