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【夕焼けがきれいという人には美しい作品は作れない】作品の中で自分の感性を開放するためには(2015年1月号特集)


公募ガイド2015年1月号掲載 穂村弘さんインタビュー

一度もマンガを読んだことのない人は『ジョジョの奇妙な冒険』が読めない。でも、われわれは読める。短歌も同じです。

――短歌をはじめたきっかけについて教えてください。

 大学生のとき、図書館で短歌雑誌のバックナンバーをみつけたんです。ちょうど短歌が、百人一首のような何とかなりけりといった文語調から、現代風の言葉に切り替わるぎりぎりの時期だったんですね。これならできるかな、自分で作ってみようと思ったのがきっかけです。

――短歌、俳句、川柳、どれが自分に向いているか見つけるコツはありますか。

 生理的な向き不向きだと思いますし、まずどれを書いてみたいと思うかだよね。あとは、誰か好きな作家を見つけること。いろんな作品を読んで、書いて、感覚でつかむものだと思います。

――先生の作品でお勧めのものはどれですか。

 『短歌ください』や『はじめての短歌』が分かりやすいと思います。
 あとはアンソロジーで好きな歌人を見つけるといい。本当に面白いと思わなければ、続かないからね。
 そして好きな作家を見つけたらその人が好きという作品も追いかけて読んでいくといいですね。

――短歌や俳句はちょっと敷居が高いという人もいますが。

 まず文語文法の壁があると思います。「田子の浦ゆ」と言われても「ゆ」って何?という感じですよね。『誰がために鐘は鳴る』という小説のタイトルでも、以前は自然に「たがために」と読めたけど、今だと「だれ」と読む人がいるかもしれない。ただ短歌に口語も使われるようになって、昔よりは純粋な読者が増えていると思う。

――短歌や俳句の作り方が分からないという人は?

 短歌を読んだことがない、読みなれていないから、分からないのだと思います。一度もマンガを読んだことのない人に『ジョジョの奇妙な冒険』や『HUNTER×HUNTER』が読めるかといったら無理。でも、われわれは長年の訓練によって読めるわけです。それと同じです。

今日まで社会的であれという訓練を受けてきた人が、急に反社会的なことを書こうとしても難しい。

――ありきたりな表現になってしまう人はどうすれば?

 ある時期まで、茶髪にピアスの若者が電車で席を譲ってくれたという短歌がすごく多かった。こういった感覚は年配者だけでなく若者もそう。中学生に夏休みの宿題で短歌を作らせると、部活か花火かお母さんしか出てこない。部活で流した汗は裏切らない、いつかあの人と花火を見たい、お母さんいつもお弁当ありがとう……。

――パターン化する?

 そうすべきだという感受性の強制力が働いている。社会的に生きていくためには、そうした感受性を持っていたほうが有利だけど、短歌を書く場合は不利になる。

――常識人ではだめなんですね。

 詩人や歌人に人気の標語に「注意一秒怪我一生」というのがあります。ここには一種の脅しの要素が含まれている。標語というのは社会的なものなのに、その中に反社会的なものが含まれているからこそ効力がある。優れた表現はみんな反社会性を持っているけど、今日まで社会的であれという訓練を受けてきた人が、急に反社会的なことを書こうとしても難しい。

――社会的でないというのは、具体的にはどういうことですか。

 「奇数本入りのパックが並んでる鳥手羽先の奇数奇数奇数」(田中有芽子)という作品があった。この怖さは、鳥が生きていたときの羽の数が偶数でワンセットだということ。我々がもし捕食される立場なら、腕が2本で売られているのと3本で売られているのでは衝撃が違う。2本は生物でも3本は食料なんだよね。こういうところに気づくのは難しいけれど、やはり夕焼けはきれいと言っている限りは、抜きんでて美しい作品を作ることはできないと思いますね。

ものすごいスピードでたくさん作るというやり方もある。そうすると自分を縛っている社会性がゆるくなる。

――作品の中で自分を解放する方法はありますか。

 簡単にはできないけれど、ものすごいスピードでたくさん作るというやり方もある。いちいち考えたり推敲したりするのが追いつかない速度で、思い浮かぶ言葉を五七五七七にしていく。そうすると社会的な意識が置いてきぼりになって、自分を縛っている社会性がゆるくなる。お酒を飲むとややそういう傾向になるけど、あの感覚です。

――推敲のポイントやコツは。

 作者は、読む側がその作品を初めて読むんだということを忘れがちです。

――確かに、説明不足で何が書かれているか分からない作品もありますね。

 でも、散文のような感覚で書くと、言葉の順番を5W1Hにして、一番重要な説明情報を最初に持ってきてしまう。短歌は逆で、「死してなお励めとばかりに墓前に供えられたる栄養ドリンク」(両角博守)のように、栄養ドリンクが最後に来てオチのような機能を果たす。短歌では語順の問題が大きいと思います。

――穂村先生は選考もされていますが、ポイントはありますか。

 標語みたいな短歌はダメで、その人にしか書けないものがいいよね。社会的な枠組みから完全に自由になるのは難しいから、割と小さいものから歌ったほうがいいと思う。顕微鏡的にやっていて、宇宙につながるような瞬間に出会えることもあると思います。

――上達するためにはこれだけはすべきということはありますか。

 ある程度量を書くことが大事です。テンションが上がっているときに、たくさん作っておいたほうがいい。技術はあとからなんとでもなるけど、テンションは取り戻せないから。

――公募ガイドの読者にメッセージをお願いします。

 作品のストックをたくさん作ることが大切です。今僕が書いている絵本は20年前に考えたもので、過去の作品がデビュー後に形になっている。作品をためておけば、世に出てから時間の逆転が起こるんです。とにかく作品を作る。ぼんやりしていると、すぐ10年くらい経っちゃうからね。

穂村 弘(ほむら・ひろし) 
歌人。90年に歌集『シンジケート』でデビュー。08年評論集『短歌の友人』で伊藤整文学賞、同年「楽しい一日」で短歌研究賞受賞。13年『あかにんじゃ』でようちえん絵本大賞特別賞受賞。『短歌という爆弾 今すぐ歌人になりたいあなたのために』、『Ⅹ字架』(絵・宇野亜喜良)、『まばたき』(絵・酒井駒子)など著書多数。

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※本記事は「公募ガイド2015年1月号」の記事を再掲載したものです。

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