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【作家には「絶対文感」がある?】小説家になれる人はここが違う!(2014年1月号特集)


※本記事は公募ガイド2014年1月号に掲載した阿刀田高先生のインタビューを再掲載したものです。

自分しか書けないものを模索

――国会図書館で司書をされていたときに、ライターをされていた?

 友人が出版関係で働いていたこともあり、小遣い稼ぎのために雑文書きをしていたんです。ちょうど様々なPR誌が盛んになった頃で、広告案、翻訳、アンカーなど、字を書いてお金もらえる仕事なら何でもやりましたね。

――ライター志望だった?

 若い頃、新聞記者になりたかった時期もありましたが、病気で療養を強いられて断念しました。その頃、好きで海外の短編を山ほど読みましたね。

――作家志望ではなかった?

 自分の中で何か表現したい気持ちはあったんでしょう。でも、作家は簡単になれる職業ではないと思っていました。

――なぜ作家になるのは難しいと思われたのでしょうか。

 小説には作品を通して読者に伝えたい何かが必要だと思っていました。私はそれをモチーフと呼んでいますが、世界平和を求めたり、人間の本質を追及したり、そうした大きなものがなければならないと考えていました。だから、自分には無理だと思っていたし、新人賞に応募しようとも思わなかった。

――文学について詳しいがゆえに、そんなに簡単なものではないと思われたわけですね。では、どういうきっかけでデビューされたのですか?

 ある人から本を書くことを勧められて、『ブラックユーモア入門』という実用書を書きました。それがベストセラーになってしまって、図書館の仕事より収入が多くなったんです。そこで、思いきって専業作家になりました。

――そして、難しいと思っていた小説を、40歳で書くことになる?

 出版社に依頼されて、最初に書いたのが推理小説でした。典型的な探偵小説です。よく考えてみると、推理小説は何を言いたいかをメインに置くのではなく、謎解きの面白さがモチーフになっている。アガサ・クリスティーは、殺人事件を書いても、作品を通して殺人はいけないと訴えているわけじゃない。トリックの面白さを見せている。

――世界平和や人間の追及は必要なかったわけですね。

療養中の読書が原点

――「奇妙な味わい」という作風はいつ確立されたのですか。

 編集者に頼まれて何本か書きましたが、もっとオリジナリティーがないとだめだと思いました。やはり一人の作家がデビューするとき、これはこの人の書いたものであるという、明らかなサムシングが必要だと思います。それは自分にとって何かと考えたとき、療養時代に山ほど読んだ海外の短編小説を思い出した。

――なぜ、欧米の短編小説を?

 日本の短編は私小説的傾向が非常に強い。切実な自分を描き、自分を中心にした世界を書いていく。でも、欧米の作品は、明らかに小説は作り物であるという意識で書いたものが多く、そういった作品の中に素晴らしい名作があるんです。
 この私小説とはまったく違う作り物の世界を、日本人を主人公に書いたら、他の作家と少し違うものが作れるのではないかと。それから二、三年かけて、自分の道を探っていったんです。

――どんどん実作していった?

 ひたすら書きましたね。アメリカの高級大衆紙『プレイボーイ』や『ザ ニューヨーカー』などで書いているような短編作家のちょっと飛んでいる作品に興味を覚え、そうした作風の作品を意識して書いてみました。

――すぐに書けるものでしょうか。

 それまで書いたことのなかった小説を書くことができたのは、若い頃、二年の療養中に、来る日も来る日も読書をしたからだと思います。私の脳みそを、そういうことを考えやすいものに変えてくれた。あのときの読書生活がなければ、小説家にはとうていなれなかった。

絶対文感のようなものがある

――作家を目指す人にもっとも必要なことは何だと思いますか。

まず、クリエイターは独創的でないといけない。自分が何かをやるときに、なぜそれをやるのかというよりどころがなければ、書いてはいけないと思います。

――なぜ書くのかを明確にしてから書き出せと?

 書くことも大切ですが、そのことについて深く掘り下げて調べてみることです。小説は独特の知識がないと書けないものです。私小説なら自分のことを書けばいいですが、エンターテインメント小説はいろんなことを考え、扱い、登場させないといけない。熟知している知識がないと書けないことがいっぱいあるんです。

――専門分野ですね。

 江戸川乱歩賞の選考をやったときに、ある年の最終候補作の作者はみな専門家でした。医者が病院のことを書き、弁護士が法律のことを書く。舞台がその人の得意な専門分野ゆえに、他の人の知らない独特の知識が書ける。同様に、自分はこれなら書けるという分野を見つけて、それについて知識を蓄えることです。

――知識以外で大事なことは?

 小説は人間を書きますから、人間に対する好奇心、観察が大事です。それは正確に人間が分かるという意味ではありません。小説家は自分なりの人間の見方でいい。そういう人物がいると……。

――説得力をもって書かれていればいいわけですね。そうした人物の書き分けは最初からできましたか。

 作家になって10年くらいして、うんと金持ちだけどケチだとか、あるいは蝶のコレクション以外は何も興味がないとか、物語に必要な人間を必要なときに出せるという自信ができましたね。

――国立国会図書館で働いて役立ったことはありましたか。

 資料がたくさんあって助かったのは事実です。しかし、国立国会図書館で働いて役立ったのは、資料に明るくなったことよりも、普通のサラリーマン経験をできたことです。現代の人は大部分がサラリーマンだから、彼らについて知らないと現代の小説は書けないんです。

――小説は大人がやる仕事?

 小説は遅咲きの才能でけっこうなわけです。基本的に30歳を超えないと書けないし、エンターテインメント小説は40歳を過ぎないと書けない。

――最後に、才能は必要でしょうか。

 才能がなければ、やはり小説家にはなれない。なれる人は、最初から優れているものです。絶対音感というのがありますが、音楽家になる人は、最初からそういうものが備わっている。

――小説も同じですか。

 音楽に絶対音感があるように、絶対文感というのがあるのだと思います。そうした文章の才能を持っている人は、けっこういます。

――先生の創作に関するお話は興味深く、話が尽きません。

 ここで述べたことは最近出版した『知的創造の作法』で詳しく書きました。読んでいただくとうれしいですね。

阿刀田高(あとうだ・たかし) 
国立国会図書館勤務の後、78 年『冷蔵庫より愛をこめて』でデビュー。79 年『来訪者』で日本推理作家協会賞受賞。短編集『ナポレオン狂』で第81回直木賞受賞。95 年『新トロイア物語』で吉川英治文学賞受賞。『旧約聖書を知っていますか』『新約聖書を知っていますか』『源氏物語を知っていますか』などのシリーズを始め、『闇彦』『妖しい関係』、最新刊『知的創造の作法』など著書多数。

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※本記事は「公募ガイド2014年1月号」の記事を再掲載したものです。

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