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【漫然と読書をしていても身につかない】「良いセリフ」を自分のものにするための読書術(2012年7月号特集)


※本記事は2012年7月号に掲載した黒川博行先生のインタビューを再掲載したものです。
下記リンクインタビューの続きとなっています。

方言と符牒を活用する

――「と言った」は書かなくていいと言いますが、それを省略した結果、誰が言ったのか分からなくなったりします。「誰それは――と言った」とは書かず、しかし、誰が言ったのかを分からせる方法はありますか。

 それは二人やったら簡単ですわ。二人やったら上下関係もありますし、男と女やったら当然物言いが違いますから簡単ですが、三人、四人となると、「――と誰それは言った」というふうな説明をせんとだめですから、僕の場合は方言をよく入れます。片方はべたべたの大阪弁、もう片方は東京弁に近い言葉をしゃべるとかね。応募者というのは各地方の人ですから、なにも共通語でセリフを書く必要はまったくないと思うんです。使いなれている方言をもっともっと使ってほしいと思うんですけどね。

――関西弁も忠実に書いてしまうと分かりにくくなるので、共通語に近い関西弁で書かれているそうですね。

 読んで分かる関西弁にしています。文章にはイントネーションがありませんから、字面見せてしまったらあんまり変わりませんわ。それでも語尾を「――や」にするだけでニュアンスが伝わる。

――方言以外には、セリフの主を示す方法はありますか。

 符牒(業界用語や隠語)ですね。業界の符牒をもっと勉強して、どんどん使っていけばいいと思いますわ。警察官なら警察官の符牒、やくざならやくざの符牒というのは必ずありますから、それを使えば、このセリフはこいつがしゃべってるんやとすぐに分かります。

意識して読めば身につく

――『悪果』23ページ(下記A)では地の文の中にセリフが入っています。敢えてそうされた理由は?

 これ全体が説明です。このカッコはなくてもいいようなもんですけど、カッコを入れたほうが分かりやすいから入れてるわけです。

A:地の文の中にセリフがある

杏子とはもう三ヵ月になる。五月の連休前、杏子から同伴の誘いがあり、行ってみると、部屋を替わりたいからいくらか援助してくれないか、と持ちかけられた。いま住んでいる堀江から島之内のマンションに移りたいという。「お願い。敷金の七十万円だけ援助して」杏子は拝むようにいい、月に一回デートするといった。堀内は話を呑んで、その日のうちに杏子と寝た。金は連休のあと杏子に渡したが、島之内のマンションにはまだ一度も招かれたことがない。いつも、荷物が片づいてないから、と断られる。杏子を抱いたのは三回きりで、まだまだ七十万の元はとっていない。

(黒川博行『悪果』角川文庫23ページ)

――『悪果』36ページ(同B)では、「やっぱり、降りだした」というセリフのあと、改行してから地の文を続けていますが、これは時間的な問題ですか。

 これは「やっぱり、降りだした」と言って、少し間をおいて歩き始めたということですから、カッコのすぐあとに地の文を続けることはできないんですね。

B:セリフと地の文が分かれている

堀内はカメラをバッグにしまった。二の腕にぽつりと、雨。
「やっぱり、降りだした」
立って、歩きはじめた。

(黒川博行『悪果』角川文庫36ページ)

――逆に『悪果』の36ページ(同C)のセリフでは、カッコのあとに地の文が続いています。これは発話と行動が同時ということでしょうか。

 この人物が「おはようございます。お世話さんです」と言うと同時に《頭を深くさげた》わけで、時間的な差がないですから、改行する必要はない、当然こうすべきやと考えてやってます。

C:文の中途、セリフのところで改行している

伊達とふたり、事務所に入った。低い衝立の向こうにデスクが四つとファイリングキャビネット、右の壁際に神棚と十数個の飾り提灯。ピンクのTシャツを着たヨシオと、もうひとりのアロハシャツが、
「おはようございます。お世話さんです」声をそろえ、頭を深くさげた。

(黒川博行『悪果』角川文庫36ページ)

――Cの箇所では、セリフのところで改行されています。

 これは強調ですね。
 改行すべきか、改行せんとそのままいくべきか、あるいは、カッコのあとに地の文をつけ加えるかということは、わりに細かく考えますね。

――『悪果』73ページ(同D)と38ページ(同E)のように、地の文+セリフという場合と、セリフ+地の文というパターンがありますが、違いは?

 優先順位の問題ですね。人物が何を言ったかを強調したい場合はセリフが先になりますし、その行動、たとえば《したり顔で》というのを強調したい場合はそれを先に出します。

D:セリフのあとに地の文が続いている

「八尾でデートですか。婦警さんと」田代が言う。

(黒川博行『悪果』角川文庫73ページ)

E:地の文のあとにセリフが続いている

鳥居は卓上のライターをとって火をつけた。こちらに差し出す。「わしらのゴルフ、にぎりがきついからね。大叩きはできまへん」

(黒川博行『悪果』角川文庫38ページ)

――『悪果』25ページ(同F)のように内面のセリフにはカッコがありませんが、14ページ(同G)のセリフは発話されたものなのにカッコがありません。カッコをつけるほどでもないということ?

 そういうことです。こんなん別にカッコをつけるような文章と違うんですよ。つける必要もない。しかし、この女性に対し、「今日はもう帰んねん、ごめんな」というセリフならカッコをつけてると思います。

F:カッコなしのセリフ(内面のセリフ)

いつか殺したる。布団の中で罵った。

(黒川博行『悪果』角川文庫25ページ)

G:カッコなしのセリフ(ダッシュを使った例)

こんばんは。どこ行きますか――。韓国語訛りの女性に声をかけられた。

(黒川博行『悪果』角川文庫14ページ)

――作家はそこまで考えているのですね。

 もう30年も書いていますから、それはだんだん分かってくるんですね。ここはカッコをつけるべきか、ダッシュにすべきか、一行で済ますべきか、ひとくくりにすべきか、改行すべきかは身についてますわ。それは長い間の勉強というか、慣れですわ。

――やはり、たくさん読み、たくさん書くことでしか上達しない?

 というより、意識して読まなければ、いつまでたっても身につきませんわ。意識して、この作家はなんでここでこんなふうにしてんのかなと考えて読むと、だんだんとそのテクニックを習得できると思います。

H:セリフの推敲の例

「なんで、いつも派手な格好してるんですか」
「極道はな、こういう格好をしてるからこそ、商売になるんや。おまえみたいに年がら年中、よれよれのポロシャツ着てるような貧相な男に、誰が仕事をもってくるんや」
 ↓
「いつも派手ですね」
「極道はな、格好でシノギをするんや。おまえみたいな貧乏くさい男に、誰が仕事をもってくるんや」
 ↓
「いつも洒落た服装ですね」
派手で、気障で、趣味がわるいとはいわない。
「極道はおまえ、スターやないけ」
桑原はルームミラーを見ながらネクタイを直す。「そこいらの不良少年の羨望の的にならんといかんのや」
 ↓
「本日の装はいちだんと洒落てますね」
派手で、気障で、趣味がわるいとはいわない。
「極道はな、スターや」
桑原はルームミラーに向かってネクタイを直す。「不良少年の鑑にならんとな」
この男が鑑なら、日本の不良少年に未来はない。

(日本推理作家協会編著『ミステリーの書き方』幻冬舎)

特集「セリフ完全マスター」
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※本記事は「公募ガイド2012年7月号」の記事を再掲載したものです。

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